「死に絶えようとしているこの世界で、いったい何を見つけたというのですか」


その魔導士は、言った。
さっきまでゲラゲラと不快極まりない笑い声を上げていたというのに、それがピタリと止み、顔は、まったくの無表情となったように一瞬思えた。


























……無表情?
ふと、自分で思い浮かべた言葉に違和感を覚えた。
そしてそれは、直ぐに、「表情が無い」わけではなかったからだと納得した。

何故なら、喜怒哀楽で言い表すならば、その時の奴は 『 哀 』 であったからだ。
それはともすれば見過ごしてしまいそうなほど、ごくごく微かに、ケフカの顔に浮かんだものだった。

標的とする相手の心理を読み取ることは、暗殺をこなす上でも必要な術である。それを以ってしても、ケフカのその哀の色に気付くことは難解であったかもしれないと今は思う。
けれど、あの時の俺はそういった難易など関係なく、奴のそれを自然と感じ取っていた。

そのままでケフカは、問いを続けた。答えを求めているのかいないのか、ほとんど独り言のように。自らに言い聞かせているかのようでもあった。



「壊れると判っていてなぜ作る?死ぬと判っていてなぜ生きようとする?死ねば、すべてが無になってしまうではないか……」



『 死 』 という言葉を口にする時、奴は、わずかに安らいだかのように見えた。
それは、奴の求めるものであったからなのだろうか。ケフカは死と破壊を欲していた。負の渇望を常に抱き、それを満たさんとし続けてきたのだ、今の今まで、ずっと、永い永い間。

しかし今目の前にいるケフカは、狂気など消え失せてしまったかのようにとても静かだった。
裁きの光、あの白い閃光を思うままに操る、この荒廃していく世界の神と恐れられた魔導師。
けれど今は、そのような姿は影を潜め、ただの一人の人間であるかのように思えた。

──或いは、実際にそうだったのかもしれない。
そうした時間は、ほんの一時にしか過ぎなかったが。



「それなのにどうしてそう惨めったらしく生にしがみつこうとするのだ。皆、死んでしまえばいい。そうだ。死だ。破壊と、死…………こんな美しいものが他にあるわけがない……死こそ、この世界にふさわしい…………、ああ、あぁ、そうだ…………死……死、死…………!!」



喋りながら興奮してきたらしい。自ら張り巡らせた結界の中、ケフカは両の拳を握り締め、身体を震わせながら天を仰いだ。



「それなのに、おまえたちときたら!!」



突然カッと目を見開き、奴はこちらに叫びをぶつけた。



「どうしてそれを受け入れようとしない! 何故!? 死こそ最後には行き着く道じゃあないかっ!! なのに……なのになんでなんでなんでどうして僕の邪魔ばかりするんだあぁっっ!!!」



ほとんど叩きつけるようにそう絶叫し、憎悪の燃える目で睨みつけてくる。
ケフカを見上げていた者たち、皆が思わず身構える。だが。
大きく見開かれ血走ったその目から、何かがこぼれた。
そう思った次の瞬間、ケフカの顔は歪み、急に力を失ったかのようにヘタヘタとその場にうずくまった。



「ちくしょう……ちくしょう…………」



力なく声を絞り出し、地面を殴りつける。眉をひそめながらその様子を見守っていた誰かの、息を呑む気配があった。
ケフカの頬の上を伝うのは、人が涙と呼ぶものだった。
ボロボロとそれはこぼれ落ち、子供のようにしゃくり上げる。



「ちくしょう……なんでだよ…………どうして、こんな……っ」



ケフカの感情は起伏が激しい。
以前からそうだったが、今の奴はそれにも増して感情の移り変わりが早かった。
吐き出される言葉には脈絡がなく、支離滅裂で、意味を成すもの成さないものが交じり合う。
一年前、あの魔大陸で対峙した時のケフカより更に、今のケフカは危うく不安定になっていた。
そう思う間にも奴は再び立ち上がり、ぎゃあぎゃあと喚き散らし、何度も何度も同じことを繰り返し叫んだ。



「生きる意味なんてのがあるんだったら言ってみろっ!」



涙はもう既に止んでいたが、その流れた跡は乾かないままに、ただただ叫び続けていた。



「ちくしょう、おまえら皆、僕より弱いくせにっ!! 何の力もないくせにっ!! 何の価値もないカスのくせにっ!! 言えるもんなら言ってみろカスがあっ、おまえらがなんで生きてるのか、どうしてこの世界で生きてるのか、さあ言えるもんなら、言えるもんなら、さあ、言えるもんなら、言ってみろっっ!!!」
「だったら──」




狂いながら叫ぶケフカとは対照的な、幾分抑えられたトーンの声。
俺を含めて、皆が声の主を──を、振り向いていた。
あまりに異様なケフカの様子、畏怖の念を覚えてもおかしくないこの状況の中で、しかし彼女は怯えや恐れを持ってでもなく、ごく普通にケフカを見上げている。

本当はそうするつもりではなかったのに、言葉が口をついて出てきてしまったという感じらしかった。口元に手を当て、自分のしたことに自ら少し驚いたふうに見えた。
そのままの形で動きは止まっていた、言葉をこれ以上発していいものかと数瞬迷ったらしい。

それでも彼女は続けた。
死を肯定し、生を否定する魔導師へ向けて。
言った。


──なら、ケフカこそ、何故生きているのか。と。


そう問うた途端、奴はそれまで以上に精神を乱し、混乱し、そして狼狽さえした。
たった一人の、たった一言、たったそれだけで。

はきっと、ふと感じた疑問を発しただけだった。
何故、それほどまでに死を望むのかと。
そしてならば、何故、それを求める奴自身は生き続けているのかと。
それは、ケフカにとっては踏み込まれてはならない禁断の領域だったのだろうか。
暴走したケフカの力にがすくい上げられ、空中に放り出される。俺は跳躍して、その身体を受け止めた。










──シャドウさん。シャドウさんは、どうですか?


問答などしている場合ではなかったろうに、彼女は俺にそう尋ねてきた。


──何が、だ?


質問の意味がどういったものなのか見えず、黙っていると、はそのまま言った。



例えば──。
例えば、そう、絶望して世界を呪いたくなったり、漠然と死を思ったり、何もかも消えてしまえばいいと口にしたくなったり、実際そうしたり。……それくらい、誰だってあることですよね。

……え、わたし?
そりゃあ勿論、ありますよ。だって、人間ですから。
いつも前向きでいられるほど強くないですし。割と些細なことでヘコみますし、そういうの長く引きずったりしますし。こう見えて結構わたし、繊細なんですよ? 信じてなさそうな顔されてますけど。まあ、それは置いておくこととして。

だから……って言って、いいのかな。ああ、もう、上手く言えないんですけど。
……ケフカのいう事も、ある意味、もっともだと思いますよ。


自分の生きてる意味なんて正直、よく判らないし。
死んだらそこで終わりかもしれないし。
すべてに、意味なんて存在しないのかもしれないし。なんですけど。──それでも。
そこで、彼女の口の端が持ち上がった。いつもと何も変わらない笑い方で、ふっと笑んだ。

わたしは生きていてよかったです。
生きていたから、シャドウさんに会うこともできたんですし、ね。
わたしはこの世界で、見つけることが出来ましたよ。
シャドウさんはどうですか? 見つけられましたか、ご自分の生きる糧とするものを?

真っ直ぐにこちらへ向けられるその目の、なんと力強さと優しさに満ち溢れていることか。
そして何故、それが自分の前に存在しているのか不思議にさえ思ったが、はそのままで俺が答えるのを待っている。
口を動かそうとしてみるが、しかし喉の奥で言葉はつかえて、上手く声にならない。
マスクの中で、小さく呟いた。
俺は──。










瓦礫の塔の頂上。
やがてそこで、長い闘いに終止符が打たれたその瞬間、ケフカは崩れゆく砂塵となり散っていった。文字通り、形を残すことなく塵芥と化し、無に帰したのだ。


何処か、現実感に乏しかった。
拭いきれない何かが皆の中に残っているのが手に取るように判る。
誰かの小さな呟きが、砂礫舞う空気へ一言、溶かされた。


──ケフカの本当に欲したものは、一体何だったのだろうか。


判るわけもない。もう、知る事もない。
飛空艇を目指して皆、崩れ始めるその場を後に走り出す。
まだ魅入られたかのように煌く砂を見ているの腕を俺は引いた。


きっとまだケフカの事を考えていたのだろう。
何故、と奴に問うた時と同じように、彼女の中ではまた「何故」という言葉が繰り返されているのだろう。
ぽつりと、の口から言葉が落ちた。ケフカというのは何者だったんでしょうか、と。


それに答える術を俺は持たない。
奴がどうしてこの破滅の道を歩む事になったのかを俺は知らない、彼女も知らない。
しかし 『 ケフカ 』 というその名は、きっとこの場にいた者だけではなく世界中の人間が、生涯を終えるその日まで決して忘れはしないだろうという予感だけが、した。










もっとも、その予感に照らして言うなら、俺はひどく短い時間でしか奴の名を覚えていられないことになるが。


──俺は、ふと辺りを見渡した。


激しい地唸りをあげるこの塔の崩壊具合を確認し、再び前へと走り出す。
先にとリルムを行かせ、共にいたマッシュとストラゴスもつい先程、先駆けて終点へと向かった。
今は、俺と、今までずっと黙ってついて来ていたインターセプターだけで走り続けている。
振り向くことなく走り続けた。

そしてふと、前方に誰かが立っているのが視界に入った。

立ち尽くし、こちらを見ているのはだ。
俺を待っていたのだろうか。
さっさと行くべき場所へ向かっていればいいものを──



パラパラと細かい砂石が降っていた。
ハッと彼女の頭上、遥か上を見上げると、脆くなった瓦礫のある一部が崩れ落ちようとしていた。彼女は俺を見ているだけで、まだその事に気付いていない。
走った。
俺はすれ違いざま、掠め取るようにしてを抱き上げ、そのままの勢いで駆け抜けた。


「ちょっ、なっ、はっ!? ……シャドウさんっ!?」


慌てふためく声があったが突き進んだ。
程なくして後方で落下してきた瓦礫が地面にぶつかる重い響きが耳を打った。
それに目もくれず、またその音に驚いたように身じろぎしたにも構わず、脇に積みあがった瓦礫と岩を踏み台に、一気に石壁の頂上へと登り上がる。
下を見た。
細く長く伸びる階段があったが、それを降りるのは時間がかかりすぎる。
だが、先程の獣の少年のように、 『 近道 』 をすれば。


俺は向きを変え、そこから躊躇いなく飛び降りた。階段はもちろん、道すらも無い空間。
が一声あげた後、身を固くしたのが判った。抱える腕に力を込める。
そうしながら、広く視界に入るものを見遥かした。


飛空艇まで、まだ幾らか距離はあるものの、此処まで来てしまえば後はどうにかなるはずだ。そんなことを考えていると、崩れるガラクタの山、その向こうに小さく赤いベレーが見えた。
遠目だが、間違えなどしない。リルムだ。
どうやら無事にあそこまで辿り着いたらしい。
そのことに安堵とも言うべき思いを抱き、同時に思う。もう会うことはないだろう、と。





ぬるく乾いた風が身体に吹きつけてくる。
この身を分解し、あのケフカのように砂塵として、そのまま散らしてくれれば楽なのだが。

妄想めいたことが頭をよぎるが、しかし、まだやるべきことがある。一仕事が残っているのだ。腕の中で息づく生命を送り出してやらなくては。を、生の道に導いてやらなくては。自分のことは、その後でも充分なのだから。






つくづく、変わってしまったものだ。
俺は自嘲した。 『 シャドウ 』 は、無償での仕事などしないはずではなかったか。他人との接触を拒み、言葉を交わすことすら避け続けてきたのではなかったか。闇の衣に身をやつし、この名を名乗ることを決めたその日から、ずっとそうすることを自ら望んできたのではなかったか。


──なら、初めて彼女と会った時、あの森で助けてしまったのは何故か。
アルブルグから発った船の上、そうするつもりなどなかったのに意見してしまったのは、魔大陸でのあの刹那に微笑みを浮かべてしまったのは、世界が引き裂かれ飛空艇も大破したあの瞬間、投げ出されたその身体をこの腕に引き寄せたのは、そして今、この時に至るまで傍にいることとなってしまったのは、何故なのか。


……やはり、つくづく変わってしまったものだと、そう、思う。
以前の俺は、こうではなかったはずだ。前までの俺であったなら、「この世界で何を見つけたのか」という問いに答えることなど出来はしなかった。

彼女と共に過ごした時間は一年だった。
思っていたより長かったような気も、短かったような気も、する。
しかし、悪くなかった。



地面が間近に迫った。
彼女を生き延びさせるという最後の仕事も終わりが近いということだ。いや、これは依頼でも何でもないのだから、正しく言うなら仕事ですらないのだが。


──しかし、思えば、には今まで何度も手を貸していたが、本来の 『 シャドウ 』 であればしていたはずの対価の要求は、一度もした事がなかったな。


ふとそんな事を思い、同時に、ある考えを思い付く。
最後の最後だ、ここで一つ、貰うことをしてもいいだろうと。


腕の中で身を縮めている彼女には、俺がそんなことを考え付いた事など知る由もない。
顔を覆う布の下、自分の口の端が小さく、笑みを形作るのが判った。
報酬の要求をした時のの反応を想像したら、自然にそうなったのだ。


──着地。


その時にはもう、笑みは消えていた。何も考えることもなかった。
ただ、行くべき先へと向かって、走り始めていた。









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