二度目にシャドウさんに会ったのは、大三角島に向かう船の出る街──ああ、そう、ここもアルブルグでしたね。
別れて、またここで会いましたね。
「紹介しよう。セリス将軍とシャドウだ」
そう告げるレオ将軍の言葉で、わたしは初めてシャドウさんの名前を知りました。
「はあいつのこと知ってるのか?」
船の休憩室でそう尋ねてきたのはロックでした。
「あいつ?」
「シャドウだよ。、あいつのこと見て、吃驚してただろ?」
「……してた?」
「してた」
なら、してたんだろうと思いました。だって前に会った人ですしね。
でも皆にはその事を告げていませんでした。
シャドウさんの名前をこの時になるまで知りませんでしたから、言うに言えなかったとするべきかもしれませんが。
「それに、通り過ぎるとき会釈までしてたろ? ……あいつが何をしてる奴か、知ってるか?」
「何をしてる……職業のこと?」
「そうだよ」
「ううん……普通の仕事ではなさそうかなって、なんとなく思うけど」
言うと、ロックは少しばかり眉をひそめました。
「知っておいた方がいい。あいつは──」
「こんばんはシャドウさん、インターセプター」
わたしは頃合いを見計らって声を掛けました。
インターセプターの方は顔を上げて尻尾を振ってくれました。
シャドウさんの方はチラリとこっちを見てくれましたけれども、表情がもともと窺えません、顔を隠していらっしゃるんですから。
それに、加えて夜でした。
シャドウさんの姿はまるで、夜の闇に溶け込んでしまっているかのように思えました。
だから、空気だけで判断しなくてはいけなかったのです。
わたしには、シャドウさんの機嫌がどうなのか、すぐ知ることは出来ませんでした。
「……また会ったな」
「そうですね」
わたしはあっさりした言葉を返しました。
けれど内心、ちゃんと記憶していてもらえた事、声の調子からさほど機嫌が悪くなさそうな事を感じて、少し嬉しく思いました。
「あの。前にお会いした時、お礼言う前に行ってしまわれましたから、ずっと引っかかってたんです。今、言いますよ? ……あの時は、ありがとうございました」
言って、頭を下げました。
けれど、シャドウさんは少し黙り込みましたね。
わたしは、この人はこういう人なんだと割り切っていましたので気にしませんでした。
しばらくの後、また、テンポ遅れで言ってくれましたが。
「……おまえは」
「はい?」
「俺が誰なのか判っているのか?」
「……シャドウさん」
「……。……俺の本業を、知っているか」
「ああ、はい。聞きました」
ロックから 『 アサシン 』 だというのは聞かされていましたから、わたしはまたあっさりと言いました。
答えたら、シャドウさんはまた沈黙しましたが。
わたしはなんとなく、シャドウさんが何を言いたいのかを空気で判別することが出来ていました。
そしてそれは、ロックからも釘を刺されていたことでした。
アレですよね。 『 暗殺者 』 なのだから、簡単に近付くな。
平たく言ってしまえば、そういうようなことです、よね。
「前の時のお礼を言っておきたかっただけです」
わたしはそう言い訳しました。実際、本当にそうだったのですから。
この時のわたしは、それが済んだらすぐに自室に戻ることを考えていました。
「お邪魔なら、もう向こう行きますけど」
「…………邪魔では、ない」
「あら」
わたしは本当にいなくなるつもりで言ったので、少々拍子抜けというか、肩透かしをくらった気分になりました。
この人はたぶん、独り(足すことのインターセプター)でいることが好きなんだろうと漠然と思っていましたし、だから今も、邪魔にされるか或いは無言でくると想像していたのですから。
「……意外ですね」
わたしは本当に小さく、ぼそりと呟きました。
しばらくまた、沈黙がありました。
「……帰る場所は、見つかったのか」
不意に、シャドウさんが言いました。
本当に不意に、でしたから、わたしは何のことを訊かれたのか、一瞬判りませんでした。
「え? ……あ、ああ、わたしのことですか」
「おまえと話しているんだ」
「まあ、そうですよね」
わたしは苦笑しました。
「帰るところは見つかっていません。まだ、今のところ」
「そうか」
「そしてこれからも、見つけられる事はない可能性が非常に高い、……のですけれども」
「…………」
「……でも、運よく居場所は見つけられましたから。しばらくは、このままでいさせてもらおうと思っています」
「あいつらのことか」
「ええ、まあ」
肯いて、続けました。
「シャドウさんは、皆と──、ティナやロックとか、と、前にも会ったことが?」
「……仕事で、な」
「お仕事。……そうなんですか」
淡々と、会話は進みました。
そうしながら、不思議な気持ちになりました。
……何が不思議かって?
そうですね。何がどう、と言われても上手く説明できないのですが。
わたしが初めてこの世界で会った人と、今こうして改めて再会したこと。
暗い海の上で、こうして潮風に吹かれながら言葉を交わしていること。
そうした声と声とが一つ一つ、闇にゆっくり吸い込まれていくこと。
その時は何故だか、そんなことが堪らなく不思議に思えて仕方がなかったんです。
シャドウさんは寡黙そうに見えましたし、他人のことは興味なさそうだと思っていましたから、こうしてそちらから問いかけをしてくれるとは予想もしていませんでしたしね。わたしが勝手にそう想像していただけなんですけれども。
わたしはそのまま、何気なく言いました。
「わたしは何処行くあてもないので、このまま皆についてく予定ではあります。いつまた、独りになるかは判りませんけれど」
多少自嘲気味だったかもしれません、本当はひとりぼっちになるのが恐ろしかったのに。
………ええ、強がりだったと思ってもらって構いません、事実そうでしたから。
シャドウさんはそんなわたしに、こう言ってくれました。
「大勢の中に身を置いていても、孤独なときは孤独。独りでいるときでも、大切な者が心にいるならばそれは、孤独ではない。……おまえは、独りではないのではないか?」
わたしはちょっと瞬きして、シャドウさんをまじまじと見ました。
何か言いたかったのですが、何を言っていいか判りませんでしたので、開けかけた口を噤みました。
黙って、ずっと長いこと見つめていると、シャドウさんは顔の角度を向こうにずらしました。
「…………少し、喋りすぎたようだな」
ぶんぶんと頭を振りました。
そんなことない、とわたしは思いました。
同時に、何なんだろう、この人はと思いました。
この人を形成しているのは一体何なんだろうか、と。
漠然とそんなことを思いました。
たぶんこの時すでに、シャドウさんに興味を持ち始めていたんです。
だからわたしはもう少し、出来ることなら話をしてみたいと思いました。
「あの……」
「……夜も更けた。明日に備えて休んだほうがいい」
……タイムアウト。
残念ながら、シャドウさんがそんなふうな事を言いました。
なので、わたしはほんの少し心残りがありましたが、素直にその言葉に従うことに決めました。
わたしはしゃがんで、足元にうずくまっていたインターセプターを一撫でして、それから立ち上がりました。
「……では、おやすみなさい。明日は、よろしくお願いします」
挨拶をして、わたしは部屋に戻りました。せっつく事もないと思ったんです。
明日もそれ以降も、しばらくは同行の旅になると思っていましたから。
話をする機会はいくらでもあると思ったんです。
実際にはサマサの村に着いて一日後、シャドウさんは単独で幻獣探しに行ってしまわれましたが。
別れてからも、わたしは時々ぼんやり、シャドウさんのことを思い出すことがありました。
あの人には帰る場所はあるんだろうか、と考えたりしていたんです。
「がうー!」
ガウが前方で何やら声を上げている。
「ガウ、どうしたの?」
「ガウ、ちかみちちかみち!」
彼は振り返って言った。いつもと変わらない全開の笑顔。
「もちかみち。みんな、ちかみち!」
「……って、え、ちょ、待っ」
ガウがわたしの後ろに回ったと思った瞬間、思い切り背中をど突かれた。
身体が押された方へ傾く。
傾いた先はとても立っていられない急斜面。
引き攣れた音声が口から漏れた。
それ以降、声も出なかった。声にならなかった。
身体は一気に下に落ちた。
気がついたら、何故かちゃんと、地面に立っている自分がいた。
ふと上を見上げたら、何人かが続けて降ってくるのが目に入って、慌ててそこから退いた。
軽い音を立てて両手両足で着地したガウはにこにこ顔で、「ちかみち!」を繰り返している。
「ここからあと、走るだけ! みんな、きょうそう!」
楽しげにそう言うと、自分が一番乗りだと言わんばかりにダッシュで行ってしまった。
立ち上がったエドガーさんが息をつきながら、それを目で追う。
「……確かに、近道ではあったな。少々強行軍ではあったが」
「でも、かなり時間の短縮にはなったわね」
セリスが額にかいた汗を拭いながら今来た道を見やる。その脇に黒い影が二つ落ちた。
たん、とガウに負けない軽快な着地音。
シャドウさんに、そしてインターセプターも揃う。
「さあ、先を急ごう!」
わたし達は再び、駆け出した。
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