「ー!」
掛けられた声は、どの方向からなのか判然としなかった。
わたしはキョロキョロしたけれど、どっちを向いても声の主の姿は見えない。
あまり遠くからだったとも思えないのに、一体何処から?
「此処だよっ!!」
「ぎゃふっ!!」
ドスン、といきなり上から衝撃がきて、わたしは潰されかかった。
ヨロヨロと二、三歩ふらつきつつも、危うく転びそうになるのを何とか堪える。
「〜〜〜……リルム〜」
「へへ。痛かった?」
「普通に痛いから! というか、何処から来たの!」
「うん、この上の穴から」
リルムは天井を指した。
今わたし達がいるのは、建物の残骸らしい一角。
何かの研究施設だったのか、人間一人が入れそうな巨大ビーカーのようなものが幾つも並んでいる。
わたし達の真上、たぶん排気口だと思う。そこが四角く切り取られていた。
「ガウに教えてもらった近道を通ったら、リルムだけ変な道に入っちゃって。よかった、出られて」
「……出てくるのはいいけど、人の上に落ちてくるのは止めてほしいな」
「ごめんね。でもがいるのが判って安心しちゃって、早く降りたかったから」
そう言ってもう一度、ごめんね、と手を合わせるリルムを見たら何も言えない。
ふう、と一つ息を吐いた。
瞬間、何か雪崩れ落ちる音、次いで甲高い金属音が響く。
あまりに近い音だったのでビックリして振り返ると、ざらざらした黒い土砂とともに、大きな鉄壁が後ろの狭い出入り口を塞いでしまっている。
わたしは内心ギャフンと呟いた。なんてこった!
「まだこの後から来るのが何人かいるのに!」
わたしはその鉄塊をどかそうと手を掛けた。
塞がれたその向こうから声が響いたのは、それと同時だった。
「、無事か!?」
「こっちは大丈夫です!シャドウさん」
「……そこに、他にも誰かいるのか?」
「はい、わたしと、それからリルム」
告げた瞬間、突然別の声が乱入してきた。
「リルム!? そこにおるのか!?」
「いるよー、と一緒だよ、おじいちゃん」
「急に居なくなりおって! ……心配したゾイ」
いつもと変わらない調子のリルムに対し、ストラゴスさんの語尾は少し、震えていた。
きっとずっと一緒だったのにはぐれてしまって、肝を冷やしていたんだろうと予想する。
それに代わって、また別の声。
「、マッシュだ。こっちには俺とシャドウと、ストラゴスのじいさんの三人……」
「誰がじじいじゃ! わしはまだそこまで老いてはおらんゾイ!」
「おっと、そりゃ失礼……。、聞いてくれ! 俺がここを破る! 危ないから、おまえらは退いててくれ!」
マッシュさんの声量は結構なもので、ビーカーガラスが震えるのが判った。
それに次いで、シャドウさんの声が上がる。
「先に行ってろ! すぐに追いつく」
「はい!」
わたしはそれに従うことにした。
「さ、行こう?」
「…………」
走り出しかけて、リルムがついて来ないのに気がついて、「どうしたの?」と訊いてみる。
見れば、何だか俯いたまま黙りこくっている。
どこか具合でも悪いのかと顔を覗き込もうとしたら、パッとこちらを向いた。言った。
「リルム、皆を待つよ」
わたしに向かって言った言葉だったけれど、隔てられた鉄壁の向こうにいる人たちの方が反応が大きかった。
「駄目じゃ! いいから、先に行くんじゃ!」
「そうだ! 離れてないと危ないんだぞ、分かるだろそれくらい!」
「ちゃんと離れてるから、待つよ!」
「リルム!」
「イヤ! リルム、皆と一緒に行くんだもん!」
強い口調のストラゴスさんの一喝に負けず、リルムはほとんど叫ぶようにに宣言した。
「いいから、と一緒に先に行くんじゃ!」
「ダメ! リルム、おじいちゃんのこと待ってる! マッシュに、シャドウのおじさんとインターセプターも一緒に行くの!」
声だけで繰り広げられる、待つ待たないの攻防である。
向こう側メンバーは説得に必死になっている。
今は一刻を争う、少しでも早く逃げなければならない。例え僅かな時間差でも先に、安全なところに到達してほしいだろう。リルムのことを想えば、なおのこと。
リルムもまた、必死だった。
単なる我侭ではない、自分の好きな人達と共に在りたいからこそ、 『 待ちたい 』 と強硬に言い張っている。彼女は大きな声で言いはしないけれども、皆のことが大好きなのだから。
わたしは、どちらの気持ちも判るような気がした。
あの時の自分を見ているようだった。
「きゃっ」
わたしはリルムを抱きかかえた。
「行こうリルム、大人しくしててね」
「、離してよぉ!」
もがく彼女をそのままにダッシュしようとして、
「」
降ってきたシャドウさんの声に、スタートするのを一旦止めた。
「頼むぞ」
「はい」
この子の事だというのはすぐ判った。静かに、答えた。
「……はい」
もう一度、小さく呟いた。
わたしは走り始めた。
「! シャドウさんっ!?」
貴方の突如の出現に、皆目を見開きました。
本当はすぐにでも加勢したかった、でも、顔くらいしか動かすことが出来ません。
わたし達は、ただ、目の前に現れた貴方を見ていることしか出来ませんでした。
指一本動かすことが出来なかったんです。いえ本当に。
三闘神の力は強力で、わたし達は魔力で拘束され、正真正銘、絶体絶命の危機に瀕していました。
シャドウさんは乱れた三闘神の立ち位置を直してくれ、ケフカの動きも封じてくれました。
けれども、解放されたわたし達が貴方に近付こうとしたら、その場に満ちた魔力に弾き返され、吹き飛ばされてしまったのです。
「行け! もう暴走は止まらない!」
「行けったってそんな! シャドウさんはっ!?」
「ふっ……、必ず戻ってみせるさ」
そうシャドウさんは言いました。
シャドウさんを信じない訳ではありませんでした。
ただ、目の前で起こっていることが信じられなくて、恐ろしかったのです。
「仕方がない……っ、先に行こう!」
そしてそれは、そうするべき決断でありました。
それに従わなければならないことも、頭では承知のことでした。
ここに残っていて、一体何になるでしょう。わたし達が出来ることなど、何もありません。
判っては、いたのです。
けれど。
「!」
セリスがわたしを呼びましたが、わたしは、さっきの魔力とは全く別の何かによって、一歩も動けなくなりました。
わたしは瞬間、躊躇してしまったんです。
──だって、魔大陸に降りてすぐ、見つけたシャドウさんの姿。
倒れていた貴方が負っていた、そのひどい怪我。
破れた黒装束の端から覗く、乾いた紅が張り付いた皮膚。
それを見たときのあの、身体を駆け抜けていった寒さ!
それがまた、背中の辺りをざわざわと登ってくるのです。
その感覚は、わたしをその場に縛り付けました。
ほんとの本当に、どうしても、そこから動くことが出来なくなってしまったんです。
ビリビリと振動する空気、ガラガラと崩れ始めた地面。
残された時間が決して多くはないのが感じられましたが、わたしは自分の時間が止まるような感覚を覚えました。
数えるならきっと数秒、けれど、わたしにとってそれは、ひどく永い数秒間。
頭で理解していても、身体がいう事を聞いてくれない瞬間でした。
さっさと行かなくてはかえって邪魔です。足手まといです。
いつ何がどうなるかも判らない状況の中、それでもわたしは、氷漬けのまま。
ただ、目を逸らすことが出来ないまま、シャドウさんを見つめていたんです。
そうしたら。
シャドウさんは、こちらを見て。
不敵にも、笑ってくれたんです。
──勿論いつも通り、表情は目だけでしか読み取ることが出来ませんでしたが。
それでも。
わたしには、そう見えたんです。
いつも厳しさを湛えているその目の光が、ふっと和らげられたのです。
もしそれが本当に笑ってくれていたのだとしたら、わたしはこの時初めて、シャドウさんの微笑みを見たのです。
「行け」
耳に届いてきたそれは、叫ぶようにではなく、諭すような口ぶりでした。
初めて聞くようなその声の様子は、何故だかやさしそうな感じにさえ聞こえました。
「行くんだ」
「……──」
それは、不思議なことでした。
するりと、わたしを拘束していたものがほどけ、消え去りました。まるで身体を縛っていた見えない鎖が断ち切られたかのように。
唇は、自然に動きました。
「──はい」
返事をしたら、身体も、本当にちゃんと思い通りに動いてくれるようになりました。
前へ出ます。足を進めます。
行きます……!
「行こう!」
わたし達はぼろりと崩れる地を踏み台に、飛空艇までへの道を目掛けて。
シャドウさんが戻ってくることを信じながら。
わたし達は、わたしは、前進しました。
シャドウさんは、本当に戻ってきてくれましたね。
けれども、世界は破れました。
わたしはブラックジャックが真っ二つになってしまったところ、そして皆が宙に投げ出されたところまでしか見ていません。
そこで、目を瞑ってしまったからです。
放り出されたわたしは、空を掴もうと手を伸ばします。
何も触れません。
どんなに頑張って指を伸ばそうとも、どんなにもがいて確かな感触を掴もうとも、手は、何も得ることがありません。
そのことが、どうしようもなく虚しくて苦しくて堪らないのです。
なんて不安定で、絶望的な瞬間。
何かに腕を掴まれた時にはもう、そのことに気がつきもしませんでした。
その時にはもう、わたしは意識を失ってしまっていましたので。
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