……気がついたら、また、林の中でした。
この時は、意識を失う前の記憶のほとんどは、すぐに戻ってきました。
戻ってきて、ここはもしかしたら天国かと半ば本気で考えました。
けれども、天国が林という話は聞いたことがありません、どうやらそうでもないようです。
周りを見回してみましたが、誰もいません。
しばらくして、身体のダルさや感覚からして、ちゃんと生きているのだと判りました。
自分の格好を見下ろしてみたら、ものすごいことになっていました。
あちこち破れ、汚れはひどく、まるきり使い古しの雑巾みたいになってしまっているのです。
ズタズタです。ボロボロです。
ですが、それだけでした。
骨折みたいな大きな怪我はまるでしていなかったのです。
掠り傷は無数にありましたが、これだけで済んだのだとしたら、それはとてつもなく幸運だったのに違いありません。僥倖です。命拾いです。
しかし──
わたしは首を捻りました。
……飛空艇から投げ出されて死にもせず、また大きな怪我も一つせず、ただの気絶で済んだ? ……そういうことって果たして、あるものなんでしょうか?
困惑しながら立ち上がり、もう一度。
ぐるりと回し見ます、辺りを、三百六十度。
そこは、奇妙に静まり返った空間でした。
風も吹かず、小動物はおろか、昆虫の気配すらありません。
名も知らない草木たちは変にしな垂れ、枯れかけ、乾いていました。
まるで 『 生 』 が感じられない、ひたひたと辺りを満たしていく沈黙。
一体、どうしてこんな──
……ああ。
そうか、とそこで思います。
世界が引き裂かれたことを、思い出します。
──。
みんなは?
仲間は、一体どうなってしまったんだろうか? 一体、何処に行ってしまったんだろうか?
そのことを考えて、ゾッとします。まさか、みんなは、もしかしたら。
ガサッと茂みが揺れました。
既視感がものすごい勢いでわたしの中を駆け抜けます。駆け巡ります。
それはあまりに、わたしが初めてその人と会ったときと似過ぎていました。
わたしはバッと振り向きました。
現れた人は、やはり、貴方でしたね。
ただ、前の時と違って、貴方の歩きがどこか、おぼつかない感じではありましたが。
パッと見には普通の足取りでありました、けれども、何かがおかしいのです、それがわたしには判りました。
そうして、わたしを認めた瞬間、その目を見開いて──スッとそれが細まりました。
そのまま、力が抜けるように膝から地に落として、身体もぐらりと前に傾いていきました。
わたしはビックリして、慌てて走ります。
けれど、その時にはもう、シャドウさんの意識はありませんでした。
わたしは何とかギリギリのところで、ぐったりとした身体を受け止めたんです。
シャドウさんは重い方ではなく、むしろ軽い方なのかもしれません、それでも、大人の男の人の体重です。力を失ったその身体を支えるのは大変なことでした。
それに気を取られていたのかもしれません。
……え?
抱き起こそうとして、ふと、胸の辺りに違和感を覚えました。
何か液体のようなものでジワリと濡れるような、緩やかに、でも確実に広がっていくその感覚に、ようやく気がついたんです。
見たら、覚えのない鮮やかな色彩が広がっていて。
その時になって、初めてシャドウさんの胸も、べったりと赤い液体がついているのが判りました。
黒い服だから、すぐに気付くことができなかったんです。
「──此処は……」
「サマサの村です」
ようやく目を覚ましたらしいシャドウさんに、わたしはそう言いました。
インターセプターも、小さく、鼻を鳴らしました。
昏々と眠り続けて、何日も経ってからのことでした。
あの後運良く、本当に運良く、チョコボに乗った人のいい旅商人が通りかかりまして。
わたし達の居た場所から一番近い街か村はないかと尋ねましたら、この村の名が告げられました。
此処まで送ってもらい、宿屋に落ち着き、村医者にシャドウさんを診てもらいました。
……結構な怪我をしていましたから、油断できない状態だと言われていたんですけれどね。
インターセプターは魔大陸に乗り込む前にこの村に預けられていましたから、此処に来てからずっと、シャドウさんの傍にいました。
シャドウさんは毎日、うなされていたみたいでしたよ。
激しく寝返りを打ったり、何か聞き取れないながらも寝言を呟いている時もありましたし。
わたしは回復魔法を掛け続けました。
傷自体は、それなりには治癒していたはずです。
それなのに目を覚ますのが遅かったのは、体力自体が一時的に落ちていたせい、あるいは精神的なことか何かだったかもしれません。
そういったことには、ケアルは効果を示してくれないんですよね。こればっかりは、どうにも。
それでも、しないよりはマシだと思いましたから、ずっと掛け続けてました。
そうやって、結構、長いこと。ずっと、此処にいたんです。
「……はあー……」
思わず呻くように息を吐いてしまいました。
ついでにベッドの上に腕を伸ばし、顔も突っ伏しました。
そうしたらシャドウさんは変なものを見るような目でわたしを見ましたけれど。
「……なんだ」
「いえ。……良かったと、思って」
「良かった?」
「ええ。シャドウさんが、目、覚ましてくれて」
「…………」
シャドウさんはお得意のだんまりをしてきましたが、わたしは心底ホッとしました。
だって、本当に心配していたんですから。
息の一つもつきたくなるってモンじゃあありませんか、ねぇ?
「…………。俺は、どうなった?」
ご自分の状況が把握しきれていないようでした。目覚めたばかり、無理もありません。
わたしはそこで、今ある状況を説明しました。
数分の説明が終わると、シャドウさんは無言のまま、顔を天井に向けて、瞼を閉じました。
まだ体力が回復しきっていないのだと思いましたので、そのまままた眠ればいいと思いました。
「次起きた時には、何か食べたほうがいいかもしれないですよね」
用意しておきますから、と付け加えましたが、返事はありませんでした。
もう寝てしまったのか、一声発するのも億劫だったのか。
それでもわたしは、シャドウさんの意識の回復に安堵していましたので、特に気にもせずそっと部屋を出たんです。
……判りますかシャドウさん。わたしはあの時、本当に、安心してたワケですよ。
それだってのに、貴方ときたら。
買い出しから帰ってきたとき、わたしはぎょっとしました。
だって、シャドウさんがベッドから無理矢理起き上がって、何とか立ち上がろうとしていたんですから。
……すみません正直 殴りたい とか思いました。実際出来る筈もないですけど。
「わあああ! だめダメ、まだ駄目です、ストップストップ!!」
わたしは慌てて制止しました。
どう考えても身体を動かすには時期が早すぎました。傷が開いてしまうかもしれません。
それを自分で判らないのかどうかは知りませんが、とにかく、止めました。
「何やってんですかっ、寝てて下さい! 傷が開くっ!!」
「この程度、もう塞がって」
「傷口開けてあげましょうか今すぐ此処で」
「…………」
「というワケでまずは横になるところから始めましょうか」
わたしは何とか、シャドウさんをベッドに押し戻しました。
……寝かせる時に、ほんのちょっとでしたが、身体を硬直させましたよね?
やっぱり痛かったのに違いありません。つい、呆れ口調で口にしてしまったんです。
「その状態でどうしようっていうんですか、もう」
「…………俺の勝手だ」
「なっ」
シャドウさん、ぶっきらぼうに言ってくれましたね。
ちょっとムカッときました。
「……せっかく手当てしたのに」
「…………うるさい」
「んなっ」
シャドウさん、投げやりに言ってくれましたね。
かなりムカッときました。
殊に、 『 うるさい 』 なんて言われたのには腹が立ちました。
だって、そうさせたのはシャドウさん、貴方本人なんですから。
大人しくしててさえくれれば、わたしだって必要以上に喋ったりしやしないんですから。
しばらく、沈黙が部屋の中に居座りました。
シャドウさんとの会話の中で、無言になってしまうことはよくありましたが、こんな嫌な沈黙は初めてでした。
しばしの後。
「……俺に構うな」
そっぽ向いて、シャドウさんは吐き捨てるようにそう言いました。
感情を抑えたような言い方は普通の時と変わりませんでしたが、何処か自棄っぱちっぽくさえあるようにわたしには聞こえました。
──眠ってる間にその覆面引っぺがしてやればよかった。
わたしはそう考える程度には、頭にきていました。
ああ、ご心配なく。その時にそう思っただけですから。
ぜーんぜん見たりなんかしていませんって。いえホントに。
……大丈夫ですってば。寝てる間になんて、そんな無粋なマネしませんよ。
それより。何より。そう、シャドウさんの発言についてです。
今更 『 構うな 』 も何も、あったモンじゃありません。
どうでもいい赤の他人なら放っといてもいいんですけど、けれど目の前にいるのはシャドウさんなんです。
放っておけるわけ、ないじゃないですか!
思ったままを言ってやりたかったのですが、また「うるさい」と言われてしまいそうです。
言われないとしても、それを告げるのは気恥ずかしいです。とても無理です。
悔しいけれど、腹立たしいけれど、何も口にはしませんでした。
シャドウさんに対してこんなふうにムカついたのは初めてのことでした。
そしてそれが、どうしようもなく厭で悲しくて堪りませんでした。
脳裏に、目を細ませたシャドウさんの表情が浮かびます。
あの魔大陸での急場、わたしに笑んでくれた人です。
今目の前にいる人が、その時の彼と同一人物とはとても思えませんでした。
それとも、あれは、ただ単に、わたしの見間違えだったのでしょうか。
わたしが勝手にそう思い込んでいただけの可能性は、この時になってみれば甚だ高いように思えましたけれども。
もしそうだとしたら、それは、何だか寂しいことでした。
わたしは独りでムカつき、独りでガッカリし、独りでヘコんでしまいました。
「……」
「…………、え?」
戸惑いました。
……だって、シャドウさんがわたしの名前を呼んでくれたことなんて、それまで一度もなかったんですから。その時が初めてだったんですから。
振り返りましたが、さっきと同じ、向こうを向いたままのシャドウさんです。
ですけれども。
「おまえには迷惑をかけた。……すまなかった」
わたしは虚を突かれた感じで、あっけに取られました。
さっきの台詞とはまったく正反対です。
あの、大層ムカつく態度をとっていた人とも思えない言葉ではありませんか。
それでも確かに、こちらを見てこそしていませんでしたが、そう言ってくれましたよね。
言って、くれましたよね? ……ね?
口調もどこか、言葉どおりのものをちゃんと含んでいましたし。
わたしは、ポカンとしました。すっかり毒気を抜かれてしまいました。
それから……、
何だかだんだんに可笑しくなってきて、笑いが込みあがってきてどうしようもなくなってしまいました。
……シャドウさんのことを笑ったんじゃありませんよ?
わたしは、自分自身を笑っていたんです。急に可笑しく思えて、仕方がありませんでした。
だって、そうですよね。
わたしはシャドウさんの言動に一喜一憂しているんです。
その浮き沈みの激しいこと、傍から見たらどんなものなんでしょう。
なんて単純で滑稽で、なんてどうしようもないんでしょうか、今のわたしは。
シャドウさんに判らないように、わたしは声を出さず、顔だけで笑いました。
少ししてから、どうにかこうにか笑いを腹の奥に押しやって鎮めて、ふう、と溜息をつきました。
あらためて、目の前にいる人を見ます。
──最初から素直にしていてくれればいいのに、まったく。
少々意地悪くそんなふうに考えましたけれど、なにしろ相手はシャドウさんです。
人と接するのが多少不器用なのはまあ、仕方ない。
謝ってももらえたことだし、ここは一つ、大目に見てあげようではないか。
寛大にもわたしはそう思うことにしました。
「……お願いですから、ちゃんと全快するまで、大人しくしていて下さいよ?」
反応はありませんでした。
そっと近づいてそっと覗きこんでみましたら、目を閉じていました。
絶対寝てないと思いましたが、少しだけその閉じられた瞼を見つめてから、わたしは離れました。
それから、食料品の物色を始めることにしたんです。
次に起き上がった時のために、消化のよい食べ物の用意をしなくてはいけませんでした。
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