「──シャドウさん」
「なんだ」
「これから、どうしますか」


シャドウさんは、短刀の手入れを止めてわたしを見やりました。
わたしは続けました。


「皆も世界も、バラバラになりました。……これから、シャドウさんはどうするんですか」


訊きながら、ちらりとシャドウさんの手元に目をやります。
ちゃんと研がれたそれは、鋭い銀の光りをギラリとはね返していました。





意識が戻ってからのシャドウさんの回復は、とても早いものでした。
今だって、目を覚ましてからまだ幾日も経っていないっていうのに、普通の人ならやっとリハビリといった段取りだったでしょうに、いやはや。
うん、まぁ、それはいい事なんですけどね。

シャドウさんのことでしたから、傷が癒えれば、すぐにでも何処かに行ってしまうように想像できました。
わたしは 『 傷が治るまで大人しくしていてくれ 』 と言いましたし、回復さえしたならその言葉はもう、効果を持たないのですから。
ならば、先手必勝です。

まず単刀直入に、尋ねることにしたんです。
わたしは反応を待ち構えました。
思いのほか直ぐに、答えは返ってきました。


「村を出る」
「そうですか」


わたしはうんうんと肯きました。これは予想通りです。
シャドウさんは、長く何処かに留まることをしなさそうな感じでしたしね。
だから、わたしも告げました。
それは、前から独りで決めていたことでしたから。
わたしも、この村でジッとしているつもりはありませんでしたから。



「わたしも行きます」
「……ついて来て、どうするつもりだ?」
「差し当たり、皆を探したいんですが……シャドウさんこそ、どうするおつもりですか?」
「世界がどうなっているのかを見る。何をするにも、まずはそれからだ」
「なら」



わたしはシャドウさんの目を見上げました。
まるで雨に濡れた緑のような、深い色の瞳が、静かにこちらに向けられています。
わたしの好みの色だなと、ちらっと思いました。そのまま続けます。



「皆が見つかるかもしれないですし、やっぱり、わたしも行きます」
「見つかるとは、限らんぞ」
「ここでジッとしてたら、それこそ判らないじゃあないですか」
「……ここに残るという選択肢もあるんだぞ」
「……シャドウさん、魔法もまだあんまり覚えてなかったでしょう? 村の人の話だと、急に魔物が前より強くなりだしたって言うし、魔法しか効かないのだって出てくるかもしれないじゃあないですか。わたしは、魔法要員ってことで如何ですか?」
「…………」



自分がシャドウさんにとって足手まといにしかならないのは判っているつもりでした。
けれども、行かなくてはいけないと思っていましたから、ちょっと粘ってみました。
するとシャドウさんは、少し黙り込んでしまいました。その、何かを考えているかの様子。
わたしは、どうすればわたしがついていこうとするのを止められるか、という事について思考していると想像しました。
けれども実際は、少し違っていたようです。



「──
「はい」
「世界を見ることが、怖くはないか」
「……はい?」



これは、あまり予想してなかった問い。
わたしはちょっと、きょとんとしました。直ぐに意味を解釈することが出来なかったもので。
そんなわたしに、貴方は続けます。



「僅かな時間だったが、飛空艇から投げ出される前に見ただろう。光が、全てを裂いていくのを」
「…………」



肯きもせず、見たことを伝える声も発せず、ただ、わたしは沈黙します。
確かに見ました、それは。

──滅茶苦茶に放たれる白い光とその軌跡、抉られる大地に割れる海。

確かにそれは、網膜に焼き付いているのです。言われて、それは脳裏に蘇ってきます。
あまりにも非現実的な現実の、その光景。



「この村は村として残っているが……、他も同じとは限らない。どれほどの状態で世界が保たれているのか、予想がつかない。……俺の言いたいことが判るか?」
「…………最悪の場合、ここ以外に人が生き残っているかどうかってことですか」

考えながらゆっくり言うと、シャドウさんは小さく肯きます。

「 『 見ること 』 は、過酷なことになるかもしれないという事だ。それをおまえは、恐れはしないか」



淡々と抑揚のない調子での言い方でしたが、それは真に、わたしへの問いかけでありました。
そこで言葉を切ると、真っ直ぐにシャドウさんはわたしを見下ろします。
不意にこころは、さっきまでと比べていささか重さを増したように思えます。

恐れは、しないか。

シャドウさんの問いを、わたしは、自分自身に繰り返してみます。そして、思います。
わたしは、自分自身、どのように考えているのか?と。
黙ってそのまま、自分の内側を探ります。

インターセプターがゆっくり一度瞬くのを見ながら、最初に思いました。
……ここで 『 恐れない 』 って答えられる人が、果たして何人いるんだろう、と。
少しの後。
自分の言いたいことが上手く整理できないので、少しずつ、わたしは喋りました。






わたしは、ここの人間じゃあありません。
来てからまだ日も浅いし、知っている場所も人もまだそう多くはありませんでした。
馴染みが絶対的に薄いがため、明確に恐れを抱くにはいささか色んな点で不足があったかもしれません。

でも、です。
結構それなり、わたしは自分で思っているより、この世界が好きでした。

突然迷い込んだわたしという存在を拒絶することもなく、受け入れてくれたこの世界が好きでした。
だからもし、ここ以外の場所が 『 最悪の場合 』 になっていたら、ショックだろうな、とは思うのです。
それでも、わたしは行こうと考えていました。
自分で確かめることを欲していたのです。皆のことを、この世界のことを。

──大丈夫、わたしが本当に失いたくないものは無事でしたから。
それを失くす以上の恐怖は、おそらく何処を探してもないのですから。






ぽつり、ぽつり、と。
言葉を選んで口にしていきます。
シャドウさんといたい、皆を探したい、それは、もちろん。そして。
このわたしという存在を享受してくれたこの世界が、どうなっているのか、どうなっていくのか。それをわたしは見届けたい。


「だから──」


言いたいことを言ってしまうと、わたしは口を閉じました。
足元にうずくまっているインターセプターの頭を撫で始めていたシャドウさんも、何か言い出す気配はありませんでした。
毎度お馴染み、音声の途切れる瞬間です。


……その時、どうしてなのかはよく判らないんですけど。
初めて会ったときみたいだなぁと、ぼんやり思いました。──覚えてますよね?
林の中でわたしが道を尋ねたのを。南はどっちでしょうかって訊いたのを。

今は、あの時とは随分といろんな事が違っていましたけれども、それでも何故か、なんとなく、その時の事がわたしの中に浮かんできました。
あの時わたしは、黙ってスタスタと歩き始めた貴方の後姿を見て 『 置いていかれる 』 と思って焦ったワケで。


そうして本当に、あの時のように。
シャドウさんは立ち上がって荷を背負うと、くるりと背を向け歩き出したのです。
向かう足の先は、間違いなく村の外です。


ああ、置いていかれる。
わたしは急に心の中がひやりと冷たくなるのを感じながら思います。
やっぱり孤高の暗殺者は、独り(足すことのインターセプター)でいることしか許さないのでしょうか。

それともやはり、わたしが足手まといだからでしょうか。
……そりゃあわたしは魔法以外に関しては、あんまり役に立ちゃしないんですけど。

それにしたって何も言わずに行ってしまおうなんて、あんまりって言えばあんまりなのではないでしょうか。わたし、数週間シャドウさん介抱してたってのに。勝手にやったんだろうと言われればそれまでですけど。それにしたって、ちょっと。

そんなことが言葉にもならない想いとして頭の中をグルグル回っていると。
これもまた、あの時とまったく同じ。
静かに主人の後ろを行くインターセプターがわたしに、一吠えしました。早く行こうとでも言うように。



「何をしている。──早く来い」
「え」



立ち止まったシャドウさんは、顔だけ少し、こちらに向けています。
立ちっぱなしのわたしに言ってくれます。



「……まずは海を渡る。最初は大きな街を中心に廻ったほうがいいだろう」
「え、あ」
「それからのことは情報を集めてからだ。異存もないだろう?」
「あ、あ、ええ……」



わたしはなんて言っていいのか判らずに、変な声で返事をしてしまいました。
畳み掛けるように、貴方は続けてくれます。
その言葉でようやくわたしはいつもの自分に戻りました。



「……持っていくものがあるなら、一分待っていてやる。さっさと取って来い」
「い、一分!? たった一分? そんな、ケチくさい!!」
「…………あと三十秒だ」
「ぎゃあああっ!! シャドウさんひどいっ」
「いいから早く行ってこい。……ついて来るのだろう?」
「う……」



突然に今後の予定を話されて、指図をされて、頭がすぐに追いつけません。
追いつこうにも、時間が足りません。

まったく、なんて人なんでしょう。なんて専横的で自己中心的なんでしょう。

わたしに与えられる時間はたったの一分(今の感じだと、たぶん後二十秒ちょっとしかない)だなんて、深く思考するヒマもありません。
そしてその事に文句つけるヒマもやっぱりありません。


わたしの方はそんなこんなで半ば混乱中だというのに。
シャドウさんの方はといえば、そちらの余裕を見せ付けるかのようにゆっくりと腕を組んで、スッと目を細めながらこちらを見るのです。あの時の微笑みにひどく近い表情です。

わたしはグッと詰まりました。
……その表情を今ここでするなんて、卑怯な……!
口の中で呟きます。

それでも今、するべきことは判っていました。



「……はいっ!」



わたしは大きく返事をして、宿に荷物を取りに戻りました。
時間が残り少ないので全力疾走です。何人もの村人がわたしを振り返りました。
きっとその人達は、わたしを見て気味悪がったと思います。
ダッシュしながら、口元が笑いの形になってしまうのをどうしても抑えられなかったんですから。
……だって、嬉しくて堪らなかったんです。









それから、いろいろありました。
仲間の手がかりは、ぽつぽつと耳にしました。

コーリンゲンに立ち寄った時には、ロックが蘇りの秘宝を求めて歩き回っていることを聞きました。
マランダではカイエンさんと思しき人が、短い滞在をしていたらしいという事でした。
わたし達がそこに着いたときには、残念ながら行き違いになってしまったようでしたが。
他のみんなのことも、ちらほらと。所々で。

それでもなかなか、皆に行き着くことは出来ませんでした。

そのうちに、シャドウさんは何処からか 『 コロシアム 』 の話を聞きだしてきたのでしたね。
シャドウさんは自分の力量を上げること、己にふさわしい刃を得ることを目的に、そこへ向かうとわたしに告げました。
わたしはそれについて行きました。

聞くところに寄ればそのコロシアムは、世界中の力ある人たちが集まるとのことでしたから、仲間の情報も集まるかもしれないと思いましたし。なにより、シャドウさんと離れることは考えていませんでした。



皆と再会できたのは、そうして何十日か、そこで過ごした後のこと。
今からほんの、一ヶ月程前のことですね。
わたし達はようやく、再び結集することが出来たのです。









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