「──どうしたの?」


わたしは足元へ向かって言いました。
インターセプターが傍まで寄ってきて、ちょこんと座り込んだからです。
その目はこちらへと向けられていましたから、わたしはしゃがんで、時々するように、その頭を撫でてみます。彼は、そっと目を閉じました。




飛空艇ファルコンが、ナルシェの近くに停泊していた時の事です。
天気が良かったので、山盛りの洗濯籠を甲板へ運ぼうとしていたところでした。




わたしはそれをストップし、両手で、彼の顔を包み込むみたいにして、擦ってやります。
インターセプターはそんなふうにされるのが好きみたいでした。

……わたしが勝手にそう思っているだけかもしれません。
でも、嫌がる素振りもありませんでしたから、少なくとも嫌ではなかったんじゃないかな、と。
だからその時も、同じようにしてみたんです。軽く、わしわしと、やってやります。
そうしながら、ふと、気がついてしまいました。


尻尾がへたっている感じです。いつもよりも何だか、覇気がないような印象です。
人間だったら、肩を落として、といった表現が合うでしょうか。
何だか心なしか、元気がないインターセプターなのです。

……わたしはどちらかと言うと鈍感かもしれませんし、他人の心の変化を読み取るのは決して得意ではありません。
それでも、彼の様子がおかしいのは割と直ぐに判ったんです。
どうしてそんなふうなのかと首を傾げながら、ほぼ無意識に、辺りを見回して。
あれ?と思いました。


「……ご主人の姿が見えないね」


立ち上がって、下のフロアを見下ろします。
やっぱり黒装束は目に入ってきません。
いつもセットで居るはずなのに、シャドウさんは傍らには見当たりませんでした。


……変だな。と、思います。


ナルシェへ向かうこととなり、そうして、そのメンバーは確か、ロックにセリス、それからマッシュさんの三人だったはずでした。実際にわたしは彼らが行くのを見送りましたし、そして、それ以外の皆は、このファルコン内に留まっているはずなのです。
なら、シャドウさんは、一体何処に?

わたしはもう一度体勢を低くして、インターセプターと向き合いました。
目と目を合わせます。心と心を合わせます。
問います。


「ご主人は、どこ行ったの?」


貴方の愛犬は何も答えないで、ただ、うな垂れてしまいました。








下の階、上の階、エンジンルーム。
各個人に宛がわれた個室。キッチンを兼ねた食事場。甲板の上。
わたしはそれぞれを見て回りました。
インターセプターはその場にうずくまって動こうとはしませんでしたから仕方なくそこに残し、当てなく手当たり次第に捜し歩いてみていました。

けれども何故か、わたしの尋ね人は、何処を見ても姿が見えません。
洗面所、それからこっそりシャワー室も恐る恐る覗いてはみましたが、残念ながら誰も入っては居ない様子。本当にちょっと残念、というのはさておき。
仲間にも訊いてみる事にします。



「ねえ、ティナ。シャドウさん見なかった?」
「えっ? ううん、見ていないわ」
「そっか、ありがと」
「……彼が、どうかしたの?」



どうかしたわけではありませんでしたし、インターセプターの事も、わたしの考え過ぎだっただけかもしれません。
なので、わたしは適当に理由を濁しました。



「うん、ちょっと見当たらないから、何処行ったかなって……。後、他に誰か、シャドウさんの居場所知ってそうな人いないかなあ」
「たぶん、いないんじゃないかしら」
「なんで?」



あっさりと言い切ったティナに、わたしは訊き返します。
そうしたら何故か、彼女は一瞬きょとんとしました。それから、くすくすと小さく笑ったのです。
わたしが(?)と思っていると、ティナは口を開きました。


「なんでって……だって、そうでしょう?」

何が。と思う間にも彼女は続けます。

が知らないのに、他のみんなが知っているはずないもの」
「…………」


……彼女は、わたしをシャドウさんの何だと思っているんでしょう。
わたしが、シャドウさんのことを一番よく知っているとでも考えているんでしょうか。まったく。
けれど屈託なくにこにこと微笑んでいる彼女を見ると、突っ込む気も失せてしまいました。
兎に角、念のため、他のみんなにも尋ねてみます。



「シャドウ? ……いや、そういや見てねぇな」
「拙者もお見掛けしてはござらんが」
「ガウ、見てない……」



しかし確かに、ティナの言う通りなのでした。
皆誰も、シャドウさんが何処にいるのかを知らないようなのです。
会う人会う人、皆揃って、首を横にしか振ってくれないのです。

……おかしいなあ。
そう思いながらわたしは捜索を続けましたが、そうこうしてみているうち、ファルコン内で捜せそうな場所は、とうとう無くなってしまいました。


──はて。
ざっと見て、まだわたしはシャドウさんを見つけることが出来ないでいたので、腕を組んで考えました。あと、それらしい場所が何処か、残っていただろうかと。

もしかして、隠れ蓑術でも使って、その辺の壁に潜んでたりするんじゃないかとか、そんなことまで考えたりもしました。シャドウさんならそのくらい出来そうですしね。
まぁ、行方不明なんていえば大袈裟なものですし、夕食の時間には姿を見せるだろうなぁと何処かで思っていましたから、ムキになって探さなくてもよかったのです。

けれども、こうまでして見つからないとなると、此方としてもムキになりたくなるものです。
そういうのって、判りますよね。……判りますよね?
なので、こうなったらシャドウさんを見つけられるまで、出来うる限り最後まで頑張ってみるかと、独りで勝手に決意を固めてみたりしていたんです。
と、そこに。



「何を考え込んでおいでかな、レディ」

……誰が現れたのか、言わなくても判りますよね、この台詞で。

「そうしている仕草も悪くないものだね、



そうして今、君の脳裏に浮かんでいるのが私のことであれば良いのだけれど。
そんな相変わらずの文句を連ねながら、にこやかにエドガーさんはこちらへとやって来ました。





…………シャドウさん、何か、あの、怒ってませんか?
気のせいですか? ……そうですか。ええと、……あの、続けてもいいんですよね?





えーと、そうです、エドガーさんです。
わたしは、彼にはまだ訊いていませんでしたので、ダメ元で尋ねる事にしました。


「あの、エドガーさん。シャドウさんの事なんですけど…………」


わたしはそれから言葉を続けるつもりだったんですが、しかし、口を噤んでしまいました。
何故か、エドガーさんが額に手を当てて、さも辛そうな表情をしたからです。わたしは彼が頭痛でも起こしたのかと思いましたが、しかし実際はそうではありませんでした。
苦しそうに頭を振りながら、彼は言いました。



「──ああ、
「はい?」
「君はなんて酷な仕打ちをするんだ」
「ええっ?」
「この私の前で、他の男の事を口にするなんて。今ここには、私と君しか居ないじゃないか。折角二人きりなのだから、たまには二人の時間を楽しませては貰えないものかな」



一体何処から取り出したのか、いつの間にやらその手には一輪の真っ赤なバラ。
片膝ついてそれを差し出してくれるポーズはさながら絵画のように決まっていました、そういうのを何気なく自然にやってしまう辺りは流石、エドガーさんですよね。けれども、わたしは──





──シャドウさん、あの、やっぱり、怒ってますよね?
気のせいですか? ……その割には、手がぶるぶる震えてますけど……。
ああ、まぁ、いいんです、気のせいなら。そういう事にしておいてあげますよ。

ですからシャドウさん、今抜こうとしてるその懐の得物はちゃんとしまっておいて下さいね。
……巻物の類ももちろん禁止です、此処で火柱上げるおつもりですか?
お願いですから勘弁して下さい。

……ゴホン。はい、じゃあ、いいですか? ……大丈夫ですよね。続けますよ?





──兎にも角にも、わたしはその時、シャドウさんを探すのが第一でしたから、エドガーさんには悪いんですが、スルーさせて頂く事にしました。


「ごめんなさい、エドガーさん」

わたしはしゃがんで、彼と目線を合わせました。

「今、わたし、シャドウさん探してる真っ最中なんです。なので、大変申し訳ないんですが……」


言って頭を下げると、彼はふっと小さな笑みを口元に浮かべました。
それからわたしに立つように促し、彼もその腰を上げました。
そうする仕草も優雅に、エドガーさんは言葉を落とします。


「やれやれ。全く、敵わないな」


言うと彼は、その赤いバラをやんわりとわたしの手の中に収めてくれました。
それから飛空艇の出入り口の方向を指して、エドガーさんは教えてくれたんです。



「私は先程まで個室にいたんだが、シャドウが外へ出て行くのを窓から見たよ」
「え。外、ですか?」
「ああ。何をしに行ったかは知らないが」



わたしは思い込みで、この艇内にいるものとばかり思っていました。成る程、外ならば幾らファルコン内を探しても見つからない筈です。してやられました。
しかし兎に角、やっと貴方の足取りが掴めたのです。わたしはエドガーさんに感謝しました。



「ありがとうございますエドガーさん、ちょっと行ってきますね!」
「ああ、気をつけてな。──
「はい?」
「次こそは私に付き合って貰えるかい? 君とゆっくり話をしたいのに、それが叶わなくて寂しく感じている男もいるのだよ」



どうか心に留めておいてもらえないかな、と続ける彼に、わたしは手を振って。
それから、外へと向かってダッシュしました。



わたしがその場を去ってから、エドガーさんが苦笑いをしつつ、
「──本当に、敵わないな」
とぽつりと呟いていた事を、わたしは知る由もありませんでした。









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