地面に響く重低音に、最初こそ幾らか驚いた。
傍から見るのと、実際に搭乗するのとではやはり違う。一歩ごとに直接機体を通して伝わってくる、その震動。
見た目通り、相当な重量を備えている事がわかる。
魔導アーマーに乗るのは初めてだった。それでもそこそこ上手い事、操縦出来ていると思う。
……小さい頃は、兄貴と二人で城の設備に興味を持って、一緒になってあれこれと親父に訊いていたっけな。
そんな記憶が頭をかすめる。
でも、それも昔の話。今の俺には、こういうものへの知識はほとんどない。
それでもあちこちボタンやハンドルを弄っているうちに、大方の操作方法はわかってきた。
チラと脇を見れば、カイエンは未だ恐々としながら冷や汗を流し、何とか操舵している状況だ。
……している、というより、言い方は悪いが「どうにか言う事を聞いてもらっている」、と言う方が正しい気もする。
小さく苦笑してから、反対側を見た。
こちらでは、シャドウが難なくその機体を操っている。
帝国兵と出くわしても、攻撃の一番手は常にシャドウだった。
魔導アーマーに乗っていない時と何ら変わらない反応の素早さは、あいつ自身によるものもあるだろう。
そして、それと同時に。
シャドウが身を預けているその小さな空間、アーマーの搭乗席に、そっと頭がひとつ覗いた。
は辺りを窺いながら、俺と目が合うと小さく手を振った。
此処からは見えないが、足元にはあの黒い犬(確か、インターセプターと言ったと思う)も居るだろうから、幾分窮屈なことになっているかもしれない。
周囲に敵がいない事を確認すると、は何かのボタンを操作した。
スイッチの類は彼女が担当しているらしい、ふわりとシャドウのアーマーから風が舞い上がり、ヒールフォースが発動した事がわかる。
「おーいー、まだそっちは回復する必要ないんじゃないのかー?」
「いえ! 『 油断は必ず隙を生む 』 ってシャドウさんに聞かされてます、常に万全な状態にしておかないと!」
「……頭を下げていろ、」
頭上にシャドウの手が置かれて、大人しく彼女は身を沈めた。
こんなやり取りが出来る程度に余裕があったのは、帝国兵の数が目に見えて減っていた事が大きい(カイエンは会話に入る事なく、カチコチに強張ったままハンドルを握っていた)。それというのは、ドマ侵攻に兵が駆り出されていたからに他ならないのだ。
俺はカイエンの方を、次いでシャドウたちの方を見た。
――結局、此処まで巻き込んじまったな。
悪いことをしたなと思うが、此処まで来てから言ったって仕方がない。要は、を危険に晒さなければいいのだ。
敵地の真っ只中とはいえ、今はこの状況だ。このまま何事もなければ、無事に陣を抜けることが出来るだろう。
俺は魔導アーマーの上から、これから向かう先を見遥かした。
傾き始めた太陽が、頭上に眩しい。
風が、渇いた土と砂を舞い上げていく。陽光と相まって煌めくように煙る視界のその先の向こう、あそこまで、辿り着ければ。
俺はひとつ自分に肯くと、前進用のレバーに手を掛けた。
離脱する場所は自身で決めると言っていたシャドウだったが、存外長い時間、自分に付き合ってくれた。
別れを切り出してきたのは帝国陣地が見えてきた頃だ。
その物言いもあっさりしたもので、「此処までだ」、ただそれだけの言葉だった。
は別れの挨拶もそこそこに、
「また機会があればご一緒しましょうね」 と頭を下げてシャドウの元に戻っていく。
彼女の故郷のことを皆に訊ね、その結果だけでも伝えられたらと俺は考えていた。だから俺も大きく肯いてやる。
「ああ、またな!」
こっちからも別れを告げて、単身で帝国陣を抜けるつもりでいた。
ドマを抜けた後の道程は、短い道中の間にもシャドウからある程度聞いていたので、何とかなるだろう。そう思っていたのだ。
俺はアーマーを前進させながら、あいつらの事を考える。
二人が魔導アーマーに乗り込んでいるところに合流したのはつい先程の事だ。
離れた場所で離脱した筈の二人の再登場に驚きはしたものの、「話は後だ」と言われて今に至っている。
途中出会ったドマの戦士カイエンも含め、俺たちは四人(と一匹)で陣地を突っ切っていた。
「!」
あと十数メートルで敵陣を抜ける、というところで突如、重装備型の魔導アーマーが現れた。
ドマへの侵攻で手薄になっていた筈の敵地だが、流石にそう簡単には抜けさせてはくれないらしい。
と、思った時の事だった。
右手から刹那パッと光が上がり、前方のアーマーに向かって打ち込まれたものがあった。
甲高い金属音と共に、時間が止まったみたいな錯覚。
魔導ミサイルだと認識した次の瞬間、劈くような轟音と白い閃光が炸裂した。
こちらにまで叩き付けてくるような衝撃、それが収まった頃にそっと目を開ければ、重装アーマーは赤々と炎上しているところだった。ミサイルの直撃を受けたらしい破損した機体の一部が、めきめきと音を立てながら崩れ、炎を纏わせたまま地面に落下する。
搭乗していた兵士は、寸でのところで慌てて脱出し逃げていったから無事の筈だ。……まあ、お互い、結果的にはこれで良かったのかもしれない。
発射したと思しき方向を見れば、が口元を押さえてギョッとした様子で顔を出していた。
「あの……、機体が揺れた時に間違って中のボタンに触っちゃったんですけど、……もしかしなくても、まずかったですか?」
「いや……、結果オーライじゃないか? なあシャドウ」
「そうだな。気にする事はない」
シャドウは何事もなかったみたいにそう言うと、目を行く先の方向へと向けた。言った。
「此処まで来たなら走った方が早い。降りるぞ」
言うが早いか、自身は軽々とした身のこなしでその機体から降り立ってしまう。
確かにあと少しの距離だ、ここまでは役に立ってくれた魔導アーマーだったが、早さを考えれば此処で乗り捨てた方が賢明だろう。
俺はエンジンを止めようとしたところで、ふと計器やら何やらを見下ろす。
……ミサイルなんてボタンが、果たしてあっただろうか?
思うが、まあ、シャドウの乗っているアーマーにはあったって事なんだろう。実際にそれをこの目で見ているんだし。
視線を移せば、既にはシャドウに手を引かれ、黒煙と火の手が上がる敵兵のアーマーの脇を駆けている。インターセプターも其れに続いた。
俺は何も気にしない事にしてエンジンを切り、機体から降りてその後を追う事にした。
数歩駆けたところでターンし、乗り物酔いならぬ機械酔いをしているらしいカイエンを助けてやる必要はあったが、ともかく。
「まことにかたじけない」、そう告げるカイエンの顔は幾分落ち着いてきたように見えた。
さっきまでは怒り狂っていたかと思えば魔導アーマーを暴走させて血の気を引かせていたりと、とにかく大変な事になっていたのだ。
……それも仕方のない事だろう。
ドマは帝国の、ケフカの流した毒によって壊滅状態になったという。
カイエンの仕えていた王や家族までもが犠牲になったというのだから、心中は察するに余りあった。
其れを聞いていたは押し黙ったままだった。シャドウは相変わらずだった。
二人がどうして戻って来たのかを訊ねようとすると、
「後で改めてお話します」 とだけ言う。
行き場を失ったカイエンは帝国と戦うことを決め、俺と共に来ると言ってくれた。
ドマに程近いこの辺りの地理に詳しいカイエンが言うには、ナルシェへ向かうには南の森を抜けるしかないらしい。
その言葉に従い森に入ってしばらくした頃、隣に並んで歩いていたがぽつりと言った。
「マッシュさんと別れた後直ぐに、帝国の人達を見ました」
とても小さな声だった。
シャドウは先陣を切るように少し先を行き、カイエンも其れに続いていた。
二人との距離はほんの少しだったけれど、彼らに声は届かないだろう。
聞けば、とシャドウは身を隠して事なきを得たが、その際に 「ドマへ行う作戦案のひとつとして毒が用いられる可能性がある」 という帝国兵たちの話を耳にしたのだという。
「万一マッシュさんが其れに巻き込まれたら……と思って」
「それで、追いかけてきたってのか? シャドウには止められなかったのか?」
は、ただ少し肩を竦めただけで何も言わなかった。
けれどその目は、少し先を行くカイエンの背に向けられている。思うところはいろいろあるんだろう、でもそれを口に出す事はない。
ですから、と彼女は言った。
「此処から先、もう少しだけお付き合いさせてください。今更戻ってもさっきの帝国陣地ですしね」
俺は肯く。
がそう言うという事は、シャドウがそのつもりだという事でもある。
この先何処まで一緒でいてくれるかは判らないが、旅は道連れって言う事だしな。この時の俺はそんなふうに考えていた。
ますます二人を困難に巻き込んでしまうなんて、思いもしていなかったのだ。
日も暮れて深くなった森の闇の奥に、其れはあった。
夜霧が白く立ち込めている。その向こうに現れたのは、無人のプラットホーム、そして長く車体の伸びた列車だった。
こんな森の中に、なんでこんなものが?
「未だに戦火に巻き込まれていないドマ鉄道が残っていたとは……」
カイエンでさえ驚いたらしく、俺と同じようにその車体に見入っている。
底冷えするような温度の中に、自分たちが歩く足音が木霊するみたいに響いていく。
灯りが一つだけぽつんと灯ってはいたが、仄暗く、青白くて、何とも言えない雰囲気だ。
ぐるりとその全体像を見回していたは、
「この世界、車はなくても列車はあるんですね」、と妙に納得したように言う。
それはともかく、やっぱり何かおかしい。
「人の気配はないみたいだが、打ち捨てられてるようには見えないな。生き残りがいるかもしれない、調べてみよう」
俺はそう提案した。
列車や線路には、時間が経過しているような痕跡がまるで見当たらなかったのだ。
乗車口から中に入ろうとして、プラットホームの奥側を見ていたが
「マッシュさん」 と俺を呼んだ。
「どうした?」
「何か、線路の向こうがぼやけてるみたいに見えるんですけど……」
「霧のせいじゃないのか?」
「そうかなあ。それにしても、何と言いますか……」
訝る様子の彼女を見てか、シャドウも此方の方へやって来る。
取り敢えず、中を覗くだけでもしておきたいと思っていた俺は、二人に待っているように伝えて車両に入った。
中には、誰もいなかった。
それにも関わらず整然と並んだ座席、通路に敷かれた絨毯や今踏んでいるこの床板に至るまで、埃ひとつ落ちていない。
俺はますます変だと確信した。
なんだ、ここは?
「マッシュ殿!」
思わず一人呟いていると、血相を変えたカイエンが飛び込んできて俺はちょっとびっくりした。
――自分がまだ城で生活していた頃、何度か 「人の顔色が変わる瞬間」 というのを目の当たりにした事がある。
それはおおよそ悪い事や良くない事でしか起こり得ないものだったし、初めてその場面に出くわした時俺はまだ幼く、何がその人に起こったのか理解する事が出来なかった。
それでも、何か嫌な事の前触れのようなものなのは感じていて、それだけがひどく怖かったのを覚えている。
今のカイエンは、そんな古い記憶を思い起こさせるような顔をしていた。
ほとんど真っ青なそれに驚いたようで、とシャドウも何事かというふうに続けて中に入ってくる。
「出るでござる! これは魔列車ですぞ!!」
「えっ?」
声を上げたのはだが、ほとんど同時に汽笛が響き渡った。まるで発車の合図のような……
途端、車体が揺れてゆっくりと窓の外の景色が流れ始めた。
走り出したらしく、慌てて扉を開けようとしたが、押しても引いてもびくともしなかった。
「遅かったでござるか」
カイエンは半ば諦め交じりにそう言った。
聞けば、この列車は 『 魔列車 』 といい、死んだ人の魂を運ぶためのものだという。
もし乗ったままでいれば、俺たちもその行き着く先、霊界に案内されてしまうんだとか。
「非常用の停止ボタンとか通報装置みたいの、ないんでしょうか?」 はそう言って周囲をきょろきょろと見やった。
「わたしの世界の列車だと、大抵車内の何処かにはあったと思うんですけど……」
「うーん、どうも此処には無いみたいだな。そうだ、機関室に行ってみよう。止め方が分かるかもしれないぜ」
そう告げて車両の外に出る。
続いて出てきたに、俺は「悪いな」 と耳打ちした。
向こうは何の事だろう、というふうにキョトンとしている。
こんな事にまで付き合わせちまった事にさ、と続ければ、そこでようやく 「ああ」 というふうな顔をする。
「わたしはただ、シャドウさんについていくだけですから」
「はは、そうか。そうだったな」
は思ったほど怖がるでもなく、いつもとそう変わらなく見えた。
それにしたって、シャドウやカイエンをもつくづく巻き込んでしまっている。
この列車から必ず降りると決めてはいるが、一言謝っておくべきかもしれない。
二人にもに言ったように、悪い、と伝えれば、カイエンは手を振り少し笑んで応じた。シャドウは相も変わらずの無言で、俺たちの横を抜け先頭を歩いていく。
……やっぱり、怒ってんのかな。
そう思って頭を掻いていると、ぽんぽんと腕を叩かれる。
見れば、が片手をメガホンみたいにしながら、小さく言った。
「大丈夫ですよ。シャドウさん、優しいですから。怒ってないです」
「そっか? よくわかるなは」
「そうですか? 意外とシャドウさん、わかりやすいですよ」
「左様でござろうか……」
「だって、背中に書いてますもん。心の目で見てください!」
「……喋り過ぎだぞ、」
前にやり取りした時みたいに、既に歩みを進めていたシャドウの方から声が投げ掛けられる。
「そんな事は口にしなくていい」
「シャドウさんが口数少なすぎるから、わたしがフォローせざるを得ないんですよー……」
わたしだって普段そんなにたくさん喋る方じゃないんですから、とは口を尖らせている。
小さくだったが、俺の目から見てもシャドウが溜息をついたように見えた。
「いいから早く来い。……俺の傍から離れるなよ」
「離れませんとも」
ごくごく普通に、彼女はそう返事をしてシャドウに駆け寄っていく。
……やれやれ。
俺は、つい隣にいるカイエンと顔を見合わせてしまった。
「取り敢えず行こうぜ、カイエン」
「そうでござるな……」
そう言って互いに、何とも言えない苦笑いを浮かべる。
俺が言う台詞じゃないかもしれないが、緊張感に欠けるというか、何というか。
そんなふうに思っていると、
「……どうしてかは上手く言えないのでござるが」、カイエンがふとそう言葉を落とした。
「あの二人を見ていると、何故か懐かしい気持ちになるのでござる」
どうしてでござろうな、というカイエンを思わずまじまじと見てしまう。
俺はそれに答えられない。俺だって、それは今までずっと感じ得ていた事であり、自分自身その答えが未だにわからないからだ。
思うけれど、今はそれをゆっくり考えている暇はないようだった。
とシャドウの後を追おうとして、ふと改めて辺りを見る。
列車は、規則的な走りをただ続けている。線路の外の世界は、暗い色が何処までも続いているみたいに見えた。
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