車内を進むにつれ、目につき始めたのはぼんやりと浮かび漂っている幽霊たちだ。
死んだ人間の魂を運ぶ列車だというから、其れも当たり前なんだろう。しかし、それにしたって色んな奴らがいる。
何の恨みがあるのか襲いかかってくる奴、幽霊なのに商売しているらしくポーションなんかを売ってくれる奴。
中には何の反応もなく、フッと消えてしまう奴もいる。
本物の幽霊ともなればも怖がるのではないかと心配していたが、その矢先にポンポンと背を叩かれる。
見れば、その彼女が此方を見上げていて、「マッシュさん」、と口火を切る。

「どうした? 
「あのー、この人が一緒に来たそうにしてるんですけど」

どうしたものかと思って。
そう指し示す彼女の隣に、突然のようにぼんやりと白い影みたいなものが現れる。
他の幽霊たちと変わらない姿だが、敵意みたいなものは見当たらない。聞けば、の後ろをいつの間にかついて来ていたのだという。

「ついていきたいんですかって訊いたら、肯くものですから」
「……今すぐ元の場所に返してこい」
「えー」

にべもなく言うのはシャドウだが、それに口を尖らせるはまるで怖がる素振りもない。
彼女の傍らで、件の幽霊が残念そうに肩を落とした。

「あっ、ほら、シャドウさんが一刀両断するからしょんぼりしちゃったじゃないですか!」
「しかし殿……」

カイエンも困ったように眉を寄せるが、俺としては特に止める理由もない。
ついてきたいのなら、そうすればいいじゃないか。

「いいんじゃないか? 俺は構わないぜ」
「マッシュ殿!?」
「あっ、本当ですか?」

其々の反応。シャドウは何も言わなかった。
「何も悪いこととか、しないだろ?」 そう問うと幽霊はコクコクと肯く。
良かったですねとにこにこするは、相変わらずマイペースだ。まあ、そんなに怖がる様子もないようだし、それならそれでいいと思う。
このまま順調に列車を脱出出来ればいいなと、心の中で俺は呟いた。


しかしすぐさま、俺たちは問題に出くわしてしまった。
幾つかの車両を抜けたところで、次へと続く連結部分が施錠されていたのだ。
上手いこと開錠出来ないかと少しばかり思案していると、
「マ、マッシュ殿!」 と素っ頓狂な声がした。
見れば、カイエンがギョッとした様子でとある方向を指し示していて、それを辿れば今まで抜けてきた車両に幽霊たちがぎゅうぎゅうになっているのが見えた。
皆どういうわけだか此方を見ていて、俺たちを追おうとしているみたいだ。

「ゆ、幽霊たちがすし詰めでござる!」
「数が多すぎる! ひとまずこっちに……」
「マッシュさん!」

の声に振り返れば、流石に幾らか焦りの表情を浮かべた彼女が行く先を示している。
そちらも湧いて出たように幽霊たちばかりだった。
あっという間に退路を断たれてしまった。いっそ必殺技で吹き飛ばしてやろうかと思った時、シャドウが跳躍していた。
直ぐに列車の上から 「上れ」 というように此方を見下ろす。どうやら先に、屋根の上が安全かどうかを確かめてくれたらしい。
すぐ傍に備え付けられていたはしごを使い、一番先に、次にカイエンという具合に上がり、此方に手を伸ばそうとしてくる幽霊に拳と蹴りを入れながら最後に俺も列車の上に上がった。
風が一気に吹きつけてくる。下と後方からは追手の幽霊たち。
屋根の上で、俺たちは互いを見やった。

「よし!」

俺は気合を入れると、自分についてくるよう皆に伝えた。返事を聞く余裕はなかった。
勢いをつけて駆け、足場を蹴る。
次の車両の屋根へは意外と難なく着地できた。あわよくばこのまま先頭まで……と思ったが、

「うわっ!?」
「マッシュ殿ー!?」

その次の屋根は脆く、俺の体重を支えられずに屋根ごと突き抜け落ちてしまった。
その上カイエンなんて間髪なく俺の後に続いていたものだから、そのまま俺と共に重ね餅になってしまう有様だった。
屋根の残骸をかき分けながら起き出していると、シャドウがを抱きかかえたままあっさりと下りてくる。インターセプターも続いた。
さっき仲間になったばかりの幽霊は、その後をふよふよと漂ってきて……続く顔ぶれに、俺たちはまたもやギョッとする羽目になった。追手がぎっしりみっちり、その屋根から顔を覗かせていたのだ。

「後ろの車両を切り離さなくては!」

カイエンが言うのを最後まで聞かず、俺はデッキに入った。
中にはレバーやボタン、注意書きがあったが構わず全部に手をつけた。
響く金属音と震動に手応えを感じて再び外に出ると、さっきまでの車両が既に遠くにあった。上手く切り離しに成功したらしい。
よっしゃ、と思っていると、
「あのー」とが控え目に挙手をしている。

「どうした、?」
「……あの幽霊さんたち、もしかしなくても霊界に辿り着けないんじゃないですか?」
「あー……、いや、飛んでいくとかするんじゃないか? たぶん」
「う、うーん……大変そうですね……」

何とも言えない顔で今は遥か遠くの後方車両をは見ていたが、シャドウが彼女を呼ぶと、直ぐに気持ちを切り替えたように奴の方を振り返った。
こうして俺たちは、問題をひとつ乗り越えたのだった。



運動をすれば、腹は減るように出来ている。
そんな時に飯を頼めるとなれば、頼むしかないだろうと思う。
しかし皆からは「本当に注文するのか」と言わんばかりの目が向けられた。……食堂車での話だ。
今までの車両とは違った座席の配置、広いテーブル。
置かれていた布張りの冊子をなんとなく手に取り開いてみる。どうやらメニュー表のようだった。

「――ご注文をお伺いいたします」
「注文?」

向こうからやって来たウエイターらしい幽霊の言葉に、が首を傾げる。俺がメニューを広げて見せながら、
「食堂車みたいだぜ。よし、何でもいいから山ほど持ってきてくれよ!」
そう告げると、皆が皆、俺にまじまじと視線を送って寄越した。

「……? どうしたんだよ、みんなして」
「いや……マッシュ殿、此処は魔列車で……このようなところで食事など……」

もごもごとカイエンが言ううちに、直ぐに料理はやって来た。
こんな短時間に準備できたとは思えなかったが、そこはまあ、上手いことどうにかやっているんだろう。
早速口に入れると、全く問題なく美味かった。
俺が食べ始めるのを見て安全だと判断したのか、シャドウとも席につく。
その横に仲間になった幽霊もちょこんと座り、最後にカイエンがおずおずと腰を下ろす。

「大丈夫だって。ほら、好きなの選べよ」
「……拙者、どうもこういうのは苦手でござるよ」

未だに落ち着かなげなカイエンに、俺はメニューを渡してやる。はあ、と向こうはひとつ溜め息。
その目は手渡したばかりの冊子に向くかと思えば、テーブルの真正面側を見て若干ぽかんとしている。
見れば、が予備のメニューを手にしていて、その内容をシャドウが淡々と読み上げてやっているところだった。

「ああ。……まだちゃんと言ってなかったけど、はさ、ちょっと訳ありでな。この辺りの文字が読めないんだ」
「そうでござったか」

この短い道程の合間、の言葉に時々不思議そうな顔をしていたカイエンだったが、小声でそう言うとようやく合点がいったというふうに肯き、すぐにその目が細まった。微笑ましいとでも思っていそうな顔だ。
実際、メニューを読んでもらっているその光景は傍から見れば、下手すりゃ親子に見えない事もない。
でも、そういう感じでもないんだろうなと思う。何でって、それは、

「すみません! グリーンサラダと海老グラタンに紅茶、あ、ミルクたっぷりでお願いしますね。あと……シャドウさん、デザートってメニューに書いてますか?」
「……アイスクリーム、カスタードプリンアラモード、フルーツ盛り合わせ、白玉ぜんざい……」
「あ、じゃあデザート全種お願いします」
「食い過ぎだ」
「……たまには色々食べたいなあと思ったんですけど、駄目ですか?」
「…………」

何とも平和なやり取りをするは、もうすっかりいつものだ(シャドウの方は、諦めたみたいに目を逸らしていた)。
さっき列車の屋根を飛び越えてきて、シャドウに抱きかかえられていたのを下ろされた時の彼女を思い返す。
ほっぺたを赤くして身体を強張らせていた姿は、今は何処にも見当たらない。
へえ、可愛いとこあるんだな、と思ったものだが。
まあ、俺がどうこう言う事じゃないか。
今は隣の仲間の幽霊に、「ちょっと多いから、デザート半分こしましょう」と話し掛けているを見る(幽霊はコクコクと肯いていた)。
いつか、彼女が自分の故郷に帰る時は来るんだろうか。そう考えると俺の方こそ何だか寂しいような気持ちになる。
黙って見てると、が此方に気付いた。

「あっ、マッシュさんも、デザート食べます?」
「いや、そうじゃない」

俺は手を振って考えるのを止め、目の前の山盛り料理を崩しに掛かった。



食堂車を出ると、最前両まではすぐだった。
制御室に入ろうとすると、後ろから服の裾を引かれる。仲間の幽霊が俺を見上げて、ふるふると首を振っていた。

「なんだ? どうしたんだ?」
「 『 これ以上は行けない 』 って、言ってるみたいですよ」、が後ろから通訳する。
「 『 魂だけの存在は、此処から先には進めない 』 んだそうです」
「そっか。此処まで、ありがとうな!」

言うと、幽霊はこくんと肯いてひとつ前の車両に戻っていく。
敵との戦いではを守ってくれていた幽霊だったが、これ以上進めないというなら仕方ない。
それは、この列車を離脱する時が近いという事でもあるだろう。が小さく手を振って見送り、それから俺たちは中に入った。
機関車の制御室には誰も居なかったが、壁に貼り出された何枚かの文書の中に、「列車の手動停止」のやり方が書いてあった。
緊急時用とあったが、今がまさにその時だ。俺たちはその方法に倣って圧力弁を締めた。

「これで、列車は止まるんでしょうか?」
「いや、まだだ。外にある停止スイッチを押さないといけないらしい。は此処で待っててくれ」

すぐ傍である事もあり、俺たちはに待っているよう伝えて外に出た。
目的の場所はすぐ見つかり、俺はスイッチに手のひらを叩き付ける。途端、

「私の走行を邪魔するのはお前達か!」

汽笛が響き渡り、列車が大きく揺れ出した。
誰が喋ったのか一瞬判らなかったが、それどころではない。
振り落とされんばかりの揺れは、実際に俺たちを振るい落としたのだ。しかも、落とされたのは列車の前方、線路の上ときている。
皆で何とか着地しその勢いのまま線路を駆けるが、そのすぐ後ろには魔列車が迫ってきている。
――冗談じゃない!

「うおおおおおお!!」

俺は気合を迸らせながら、振り向きざまに必殺技を放った。
オーラキャノンは車体中央に命中するも、流石に押し戻すまでは出来ない。
改めて見上げた列車は巨大で、転びでもしようものなら最悪の結果が待ち受けているのは明らかだった。
しかし、技を受けた列車は一瞬独特の軋みを上げた。
あまり物を考える余裕というのはなかったが、俺はこの魔列車自体がモンスターの類だという事を感覚的に悟り、続けて攻撃しようとした。
瞬間、息を呑む誰かの気配があった気がした。
走りながらちらと後方を見れば、列車の煙突の辺りに驚愕の表情を浮かべたの姿が見えた。流石に様子がおかしいのに気付いて出てきたのらしい。
どういう状況なのか俺たち自身ちゃんと把握しているわけじゃないが、なりに直ぐ我に返ったらしい。
何度か後ろを振り返り見る度、が列車を止めようとしてか力任せに煙突を揺すったりしているのがわかる。
そんなんじゃ駄目だ、もっと何か決定的な何かが必要――

、こっちに来い! 飛び降りろ!!」

叫ぶと、皆の視線が此方に向いた。
正気かという物言わない空気があったが、が列車に乗っている以上はこの技を仕掛けるわけにはいかない。
「俺が時間を作る! シャドウ、頼む!」、叫ぶと、無言でシャドウは俺を見た。
そうこうしているうちにも魔列車が迫るのがわかる。
長期戦はどうひっくり返っても体力的に無理だった、何しろ、今だって俺たちは全力疾走の真っ最中なのだ。
「マッシュ殿!」 というカイエンの声が聞こえる前に、俺は何とか飛んできた車輪を避ける。イチかバチか、これしかないのだ。
俺は軸足を蹴り、列車に向かって相対した。
自分の力を以ってしても押し留めるのは無理があったが、ほんの幾らか、僅かな減速を感じる。それだけで充分だった。
上空で、が足場を蹴る気配。シャドウは必ず受け止めてくれるだろう。
後から考えても我ながら無茶だなとは思うが、それでも為す事が出来たのは修行の成果だろう。
列車を持ち上げる間、不思議とそれほど重量を感じなかった。
そもそも普通の列車ではないせいなのか、そうじゃないのかは判然としなかったが、どっちだって構わない。
俺はそのまま跳躍し、魔列車を落下に任せて地面に叩き付ける。
メテオストライクが完全に決まり、列車は線路を外れ完全に止まった。



相変わらず辺りは白い霧が立ち込めている。
けれどそれも薄くなり、うっすらと空が明るくなり始めている。夜が明けるようだった。
魔列車は自ら、俺たちを下ろしてくれると言った。
列車が喋ったことには改めて吃驚したが、とにもかくにも元のこの場所まで送り届けてくれたのだ。
振り返っても、もう列車の存在はなく、ただホームの端の方で立ち尽くしているカイエンの姿がある。
……つい先程、魔列車にカイエンの奥さんと子供さんが乗り込んでいくのを目にしたばかりだった。
列を為してあの列車に乗っていったのは、多くが、壊滅的な状態に陥ったというドマの人達だったんだろうか。
俺たちはカイエンに声を掛ける事も出来ず、少し離れたところで完全に夜が明けるのを待っていた。

「マッシュさん」

鳥の囀りや風で木々の枝葉が擦れる音に混じって、小さくその声が耳に届く。
見れば、が改まった様子で此方を見上げていた。
「……此処から先は、カイエンさんが道を教えてくれると思います」、その口振りに俺はシャドウの方を見た。
すぐ傍に立つシャドウは荷物を手にしていて、その様子は別れの時を示していた。

「行ってしまうのか?」
「道案内はもう大丈夫でしょうし。其れにわたし達じゃ、カイエンさんに出来る事は何もありませんし……」

は少しだけ寂しそうにしながらそんなふうに言う。
そうか、と俺は呟く。
残念だが、そういう事なら仕方がない。とシャドウに順にこれまでの礼を告げ、
「また一緒に冒険しような」 と口添えた。
「こちらこそ」 というも、何も言わないシャドウも相変わらずで、足元で静かに佇むインターセプターも相変わらずだ。
……またこいつらと会えるような気がする。なんとなく、そう思う。
実際俺は二人と一匹に再会する事になるし、それは案外すぐの事になる。
この時はそこまで知る由はなかったのだが、とにかく。
随分と明るくなってきた方向を見る。
木々の隙間から太陽の光。もう少ししたら、カイエンと共にこの森を出ようと思う。
俺は、あいつらが去った後の早朝の森を見渡す。何事もなかったみたいな静かな朝が、そこにあった。






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