あいつらと再会したのは、二週間と経たないうちの事だ。
俺は辺りを見渡す。
花咲く花壇の周りを、子供が楽しそうに駆け回っている。ひらひらと、白い蝶が一匹。
日陰で老人が身を休め、女が川へ水汲みにやってくる。
橋の傍で井戸端会議をしている村人たち、其処から沸き起こる笑い声――。
コーリンゲンという名のこの村は、平和そのもののように思えた。人々も穏やかそうで、自然も豊かだ。
そんな村の酒場に、あいつらは居た。
とシャドウはテーブル席についていて、先に気付いたのは俺の方だった。
「あ」、と思わず呟けば、其れが耳に届いたのかが顔を上げる。向こうは一度だけ瞬いた。
「あ、マッシュさん!」
「よう、! シャドウ! それにインターセプターも」
声を掛けても微動だにしない黒装束だが、それこそ如何にもシャドウらしい。
その足元で蹲るインターセプターも、主人と同じように動く事はない。
目だけが一度開いて此方を見たが、直ぐに興味を欠いたように目蓋を閉ざした。
「あの後、ナルシェには無事辿り着けたんですか?」
「ああ、おかげさまでな」
「そうですか、良かったです」、そう言って、は小さく笑んだ。
「バレンの滝からナルシェまではすごい強行軍だって聞いてましたから、大丈夫かなって思ってたんです」
身体の向きを正しながら、彼女は膝を揃える。
二人とものんびりとした様子だった。
仕事なんかを請け負っている様子には見えない。単に、滞在の途中なのかもしれないなと思う。
「……今日は、カイエンさんは?」
「ああ、ちょっと事情があってな。今はナルシェに居る。……二人は、今も旅の途中か?」
「はい、少し前に、この村に到着したばかりです」
マッシュさんは、これから何処へ?
問いながら、シャドウの杯には傍らのボトルから中身を注ぐ。ゆっくりと奴が其れを仰いだ。
俺はそれを眺めながら、少しばかり言葉を濁す。
何処、というのはまだわからない。
仲間の一人――ティナの事だ――が今何処に居るのか、具体的な情報がないのだ。
フィガロの西、という曖昧な情報しか持ち合わせておらず、とにかく、此処までやっては来たが。
……今俺たちは、ティナを助けに行くためのパーティーを組んでいる。
カイエンは今言ったように、ナルシェに身を置いている。
反帝国組織リターナーの指導者と、氷漬けの幻獣を守るため……そのために、俺たちは戦力を分散したのだ。
あの帝国の事だ、そう簡単に狙ったものを諦めるとも思えない。
もう一度あの炭鉱に攻め込まれれば、ナルシェの人間達だけでは防ぎきれないだろう。
俺は、ふと目の前の二人を見る。
彼らを再び、雇い入れる事は出来ないだろうか?
この二人なら信用に足る存在だと俺が証明できる。戦える仲間たちを等分している状況だ、少しでも人手はあった方がいい。
俺から、兄貴に――
「……マッシュ? そちらは?」
声に振り返れば、タイミングよく兄とセリスが立っている。
情報集めのために村の中では分かれて行動していたが、一通り回り終えたのだろうか。何にせよ、丁度いい。
「ああ、兄貴。実は……」
達の方を見返した瞬間には、既に兄貴は其処に膝をついている。
思わず今立っていた場所と其処とを二度見したほどだ。
……全く、兄貴の女性への行動の早さは、呆れを通り越して敬服する。
「失礼、レディ。お名前は? ……ああ、私はフィガロ国王エドガー。このマッシュの兄だ。以前会った事はあったかな」
「えーと、たぶん、初めてじゃないかと思います」
「おや、そうかい? そんなふうには思えないな。ずっと前から君を知っていたような気がするよ」
「そう感じるのは私だけなのかな」というところで、ダン、と響く音があった。
今まで何の一言も発さずに、ただ状況を見ていただけのシャドウが杯をテーブルに下ろしたのだ。
ただそれだけの音だったが、妙な迫力があった。
俺やセリスでさえ思わずギクリとして顔を見合わせた程だ。カウンター席で耳を欹てていた男の客の肩が、ビクッと震えた。
そんな中でも飄々としているのは兄貴本人だったりする。
おや、というふうにシャドウを見やると、ようやくこっちの方に視線を寄越す。
「マッシュ。もしや、お前が道中一緒だったというのは……」
「ああ、この二人さ。シャドウに、それからってんだ。あと、そっちがインターセプターな」
「そうか。……弟が世話になったそうだな、サウスフィガロでは無礼をした」
「…………」
返事さえせず、シャドウは沈黙したままだ。
……いつもより目が冷たい気がするのは、まあ、気のせいだと思おう。それより、
「……兄貴、サウスフィガロで会ってたのか?」
「少しな。しかし、その時にこちらのお嬢さんは、見掛けなかった筈だが」
「あ、多分、わたし独りで買い物に出てた時じゃないかと……治安のいい町だって聞いてましたから」
そんなふうにが答える。
ともあれ、そろそろ切り出した方がいいだろう。
「なあ、シャドウ、。……また俺たちと来てくれないか?」、そう口火を切り、俺はおおまかに自分たちの目的を話してやる。
聞けば、二人はやはり今は何の仕事も受けていないという。
改めて対価を払う事を伝えると、は「うーん」、と小さく唸った。
「……三千ギルでどうですか?」
「ああ、それじゃあ…………」
「断る」
よろしく、と言おうとしたところで、この時初めてシャドウが言葉を発した。
久々に聞く声はいつものように抑揚なく、ただ拒絶を伝えるのみだ。
えっというふうに、は奴の方を振り返った。
「……どうしたんですか、シャドウさん」
首を傾げて訊く彼女に既視感を覚えるが、それはともかく。
「大体いつもは三千って言うのに……」
「…………倍だ。六千なら受けてもいい」
「払おう」
目を薄く細めるシャドウが平然とそう言ってのけるのを、兄貴は二つ返事で承諾した。
物も言えずに成り行きを見守るのは俺とセリスで、もはや高みの見物のように此方を見ていたカウンターの客と店の主人はあんぐりと口を開けていた。
「ただし、少なくとも我々の仲間の救出が成功するまでは、行動を共にしてほしい。それが出来なければ最初から契約はするまい。どうだい?」
「…………」
つい、と目線を兄貴に投げたシャドウだったが、其れがふっと逸らされる。
異存はないのだろう。基本的に、今回は直接には帝国が絡むことではない。
ティナの救出自体には特に危険が伴うというわけではないし、従っての身を危険に晒す可能性も低いと言える。
報酬も普段の倍ともなれば、決して悪い条件ではないのだ。
それじゃあ、とは立ち上がった。
さっきの一幕など無かったようににこにこしている。
彼女にとっては、シャドウの奴が承諾さえすれば何の問題もないらしい。
「マッシュさんとまた冒険できますね」
「おう、そうだな! あ、じゃ改めて……俺の兄貴と、こっちはセリスだ。よろしくな」
「こちらこそ。皆さん、よろしくお願いします」
そう言って彼女は深々とお辞儀をした。
改めてこれから共に行くメンバーが揃い、俺たちは村人たちから聞いた話を確認し合う。
「突然やって来た光」の話が特に多かった。
飛んできた光が村の民家を荒らしてしまったという話もあれば、その光は人の姿にとてもよく似ていて、優しい目をしていたという話もある。
それはもしや、というところで
「わたし達もその光、見ましたよ」
とが小さく手を挙げながら言う。
俺たちはハッとした。
言われてみれば、シャドウ達は自分らより先にこの村に来ていたのだ。其れを目撃していても不思議ではない。
「その時の様子を覚えてるか?」
「ええっと、一昨日の夕方だったんですけど……丁度この村に着いた時ですね。ピンク色で綺麗な光でしたよね、シャドウさん」
「……邪悪な気配ではなかったな」
が言うのを、僅かにシャドウが補足する。
村に入ろうとしたところを、その光の塊が飛び込んできたという。
暫く荒れ狂ったようにあちこち行ったり来たりを繰り返し、来た時と同じように突然飛び立っていったとか。そして其れは、少女のようにも見えたという。
俺たちは顔を見合わせ、肯き合う。ティナだと断定していいだろう。
「村人の一人は、南のジドールの方に向かっていったって話していたけど……」
「いや」
セリスが呟いたが、言下にシャドウは首を振った。
「確かに南に向かってはいたが、大分落ち着きなく旋回していた。最終的には、ジドールを逸れたように思うが」
「では、ティナは……」
「……心当たりは、ある」
そう言ってシャドウはついて来るように言う。
奴の道案内に一度助けられている俺は、まだ何処か思案顔の兄と元帝国将軍に安心するよう言って後を追った。
ジッと先行く男の背を見据えるセリスはそれでも何だか胡乱げな顔に見えて、俺は小さく声を掛けた。
「大丈夫だって。シャドウは腕も立つし、あちこち旅してて地理もよくわかってる。心配しなくたって――」
「そうじゃなくて」
此方に目もくれず、ただシャドウ達の方を見るセリスは厳しい表情を崩さない。
「そうじゃなくて……」
「うん? 何だ?」
「……私、あの二人に会った事があるわ」
「え、本当か? 何処で?」
はっきりとした口調で言う彼女に、俺は思わず目を瞬いた。
さっきまでのやり取りの中で、そんなふうに感じられる素振りはセリスにも達にも無かったように思う。
そしてそれを裏付けるように、困惑顔のセリスは首を傾げたまま言う。
「……それが思い出せないのよ。何処かの街で見掛けたのかもしれない。何しろ、シャドウは特にあの風貌だもの、一度目にしたら記憶に残ると思うわ。言葉を交わすのは今が初めての筈だし、向こうも私を知っている様子ではなかったし……」
でも、と彼女は続ける。
「もう一人の方の事も、知っている気がする。……なのに、その由来がはっきりしないのよ」
「奇遇だねセリス、私も同じように感じていたところだよ」
「貴方と一緒にしないで」
にこやかに兄貴が言うのを、ぴしゃりとセリスが言い放つ。
それを聞き流しながら、俺は小さな眩暈みたいなものを覚えていた。
似た会話を、自分は以前にカイエンと交わした事がある。それを、目の前にいる二人も繰り返しているのだ。
……この感じは、一体何なんだ?
答えを得られるとは思っていない。それでも少し先を行く彼らを見つめてしまう。
黒い背に並ぶ黒髪と黒い犬は、いつもと何ら変わらず、その足取りは軽い。
街に近付くにつれ、黒雲が立ち込めていくのがわかる。
ゾゾというその街に着いた時には、雨が降りしきっていた。視界を遮るほどではないが、薄暗く翳った空気がこの一帯を包んでいる。
シャドウから被せられたマントのフードの下から顔を覗かせ、辺りを見回していたが、
「何だかごちゃっとした街ですね」、と率直な意見をこぼしている。
「でも、高層ビルとかあるんですね、この世界。案外わたしの世界と似てるのかも」
「この世界……?」
の物言いに一度瞬くセリスを促し、俺たちは先を行く。
ゆくゆくは、セリスにもの身の上について話しておきたい。けれど今はティナの事の方が先だ。
俺自身、ゾゾを訪れるのは初めてだが話は聞いたことがある。
極端に治安が悪く、ジドールの領土範囲内なのにも関わらず、貴族たちの統治するところではないのだという。
街は、話に聞いたとおりの荒れ具合だった。
住人はほとんどがホラ吹きで、路上ではあちこちに人が倒れているにも関わらず、誰も気に掛ける素振りもない。
俺ですら何度か眉を顰めそうになったくらいだ。
ほんの少し、とシャドウに悪かったな、と思う。
本当なら、シャドウの奴もこんな場所にを連れてきたくはなかっただろう。
そんな事を思いながらビルを上っていると、行き止まりに出くわしてしまった。
嘘吐き達は、ビルの上に女の子なんかいない、という趣旨のことを言っていた。
それがティナなら、どうにかして更に上へと上がらなければならないのだが。
「もう階段はないのかしら」
「向こうを見てきたが、上に上がる手段はないようだね」
「……でも、まだこの上の階、ありますよね」
は近くにあった窓から真上を見上げて言った。
「それなのに階段がないとか、設計ミスにも程が……あっ」
声を上げた彼女につられて、俺たちは窓の外を見る。
その先では、ゾゾの住民らしい誰かが丁度、隣のビルの窓からこちらの方へと飛び移っているところだった。
その様子は手慣れた感じで、彼らは普段からあんな移動の仕方をしているんだろうな、と思えるものだった。
「映画でこういうシーン、たまにありますよね」
ぽつりとが言う脇で、よし、と俺は気合を入れる。
見れば、隣のビルとの距離はそうそう離れているわけでもない。
身を少しだけ乗り出して目測で確認するうちに、皆俺の考えを汲み取ってくれたらしい。
傍に居たとたまたま目が合い、向こうは何とも言えない顔で俺を見返した。
「……マッシュさん、一応言うんですけど」
あれは、良い子は真似したら駄目なやつですよ?
そう言うものの、自身、既に半分諦めのようなものが浮かんでいるのが見て取れる。
実際、ゾゾの街を探索し、他に道がないだろう事は彼女自身わかっている筈だ。
はあ、と軽い溜め息をつきながら彼女は自分の手荷物を下ろした。
「早々にこれを使う時が来るとは思いませんでしたよ」
そう言っては荷物の中から何かを取り出し、背負うように其れを身に付ける。
途端、ふわりとその身体が僅かに浮いた。
「何だ、それ?」
「天使の羽、だそうですよ。これを着けてると少しだけ浮かべるんですって。シャドウさんから貰ったんです」
ほら、魔列車の時みたいに、列車の屋根を飛んだりとかするみたいな事態がまたあったら、大変じゃないですか。
そう言う彼女はもう準備は万端といった様子で、
「わたしから行きましょうか?」とさえ口にする(実際には言いだしっぺの俺から順に飛ぶことにしたが)。
見れば、が飛び移る様は空中散歩さながらで、見守るこちらも全く心配する必要などなかった。
シャドウが差し出す手を取って、難なく彼女は窓の縁にふわりと降り立った。
「正しく、ゾゾに舞い降りた天使だね」
「どうも!」
兄貴のいつもの口上も、(シャドウやセリスは冷ややかな目だが)は軽く受け流している。
その様子に一瞬、小さな疑問符がひとつ浮かぶ。なんとなく、兄貴の言葉のあしらい方を知っているように見えたのだ。
俺は、ふと考える。
……彼女は、自身は、俺たちのように感じた事はないのだろうか。
ずっと前から、自分たちが互いを知っているように感じた事が、ないのだろうか。
思うが、今はそれを訊ねる時じゃない。今は、ただ先へと進む時なのだ。
自らの中に生まれた一つの疑問を胸の奥にしまうために、俺は目を閉じ軽く頭を振る。
再び目を開けたその先の向こうに、黒い背の隣に立つが居る。
シャドウを見上げる彼女には、いつもと変わらない微笑みが浮かんでいた。
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