わたしの姿をしたシャドウさんが、テーブルを挟んで向こう側に座っている。
ひとまず部屋の中に彼に入ってもらい、あまり使われたことの無かっただろう部屋の片隅の小さな椅子を引っ張り出してきて、テーブルに落ち着いた。
白み始めた空の光が窓から差しているけれど、時間を見ると皆が起床するまでにはまだ間がある。
わたし達の立てる音以外は、ファルコンの航行するエンジン音くらいしか耳につくものが無い。
とても静かな朝で、奇妙な朝だった。
何を最初に話すべきかと思って、しかし、それよりも服を着替えて顔を洗った方がいいんじゃないかと思い至った。
例え男の人の身体になろうとも、中身はわたしだ。
寝起きの状態のままで真っ向からシャドウさんと向かい合うのは抵抗がある。

「シャドウさん、すみません。顔洗ってきます」
「待て」

席を立とうとするのを、しかし彼は押し留めてきた。
逆に向こうの方が立ち上がり、小タンスの上の手荷物の中からタオルのようなものを取り出す。
水差しの水を少し含ませると、それをわたしの前に無造作に差し出した。
…これを使えと言ってるのか、な?

「……ありがとうございます」
「いや」
「あと、我が侭で申し訳ないんですが、……その、服を着ようかと思うんですけれども」

おずおずと言うと、彼は少し考えるようにしてから、先程の荷の方に戻った。
どうするんだろう、服もまた用意してくれるんだろうか。何から何まで悪い気がする。
しかしシャドウさんが用意してくれるのってどんなんだろう、いつものアレだったりして。
ひとまず顔を拭きながら冗談めかして考えてみる。
しかしこちらに向き直った彼の手にある其れを見て、わたしは「え」と思う。

「……それ、シャドウさんのいつもの服ですよね」

お馴染みの黒装束を示されて、つい見たままの事を口にしてしまう。
さっきわたしが想像した冗談考えそのまんまである。
まあシャドウさんなので、これ以外を直ぐ準備出来ないのも当たり前といえばそうなんだろうけど。

「わたしが着ても、いいんですか?」
「構わん。これを着ろ」
「はあ」

いいと言うなら、いいワケだ。
わたしはとりあえず受け取ったものを身に着けることにした。
着方が判らないところは無言でシャドウさんが手伝ってくれる。小さな子供が親にされるみたいで、何だかアレだけど。ともかく。
……まさかシャドウさんコスを生でする日が来るとは思わなかった。
と、内心思っていたのはさておき。
最後に顔を隠す布と額当てを残して、ひとまずは着替えを終了する。
ん、もしかしてコレも付けなきゃいけないのかな。何だか息が苦しくなりそうだけど。いや男の人になってるわたしを隠す意味でも必要なんだろうけど。うん。
しかし、何だか計ったかのようにジャストフィットだなぁ、この装束。

「何だかシャドウさんになったような気分ですね」
「……その通りだからな」

何気なく言った言葉に、彼はそんな返事を返した。

「え? 何がですか?」
「…………気付いてないのか?」
「何にですか」

わたしが何に気付いていないというのだろう。
彼が何を言いたいのかよく判らなかったので、わたしは繰り返して訊ねた。
向こうは少しだけ間を置き、息つくように言葉を押し出す。今のわたし達を示す内容が露呈された。


「今の俺とは、身体と精神が互いに入れ替わっている、という事にだ」


シャドウさんが言った言葉を、数秒かけてわたしは咀嚼する。
入れ替わっている……入れ替わって……え、入れ替わり?

てことはアレか、わたしがシャドウさんで、シャドウさんがわたしなワケで。
…………うーん、正直ややこしいな。しかもネタ的にはベタだ。王道というか、基本的すぎる。いやまあそれも面白いかもしれないけど、いやいやそういう問題ではなくて──。

…………。

「今のわたしのこの身体、シャドウさんのものだって事、ですか?」
「そうだ」
「……じゃあ、今のわたしは顔もシャドウさんになってるワケですか」
「……そうだ」

成る程、うっかり顔を洗いに行かなくて良かった。
洗面台には当然鏡もあるからなぁ……というのは置いておくとして。
もしかしたら自分、ただ単に性別逆転したのかという方向を考えてました、はい。
しかし、シャドウさんと身体が入れ替わったのだと言うのなら色々と納得がいく。
背が少し伸びた点や黒いアンダーウェア(彼は独りの時いつもこれで眠っているんだろうか)、それに彼自身の部屋、寝具の匂い、インターセプター。

脇できっちりと座しているシャドウさんの相棒に目を落としながら、わたしは少しずつ理解してみる。
うん、事態を僅かながらには解釈出来ていると思う。
しかし、状況を少し飲み込めたのは良いとして。
その、何故にそのような事になってしまっているのでしょう。
何がどうして、こうなったと言うのか。流石に理由が気になります。

「え、えーと、何からお話していいのか……。どうして、こんな事になっちゃったんでしょう」
「……心当たりは無いことも、無い」
「え」
も、有るのではないか? ……昨日のことを、思い出してみろ」

昨日、ですか。
思い当たる事は昨日の出来事にあると?
シャドウさんがそう言うのに従って、わたしは回想してみる事にする。








子供が目の前に立ち並んでいる。三人。
見た目、年の頃はどう見積もってもリルムと同じか、もっと下くらい。
しかしおおよそ普通の子供とは言い難い。身に纏うローブや曝け出されている魔力、何よりその雰囲気。
ニヤニヤとこちらを見下すように見る目は、魔物のものに相違ない。

「私の名前は、レーヴ」
「私の名前は、ソーニョ」
「私の名前は、スエーニョ」

形は礼儀正しく名乗り出てくれているけど、別に訊いていない。
それよりも問題は、あんなに揺り起こしても起きてくれないカイエンさんの方である。眠り続けている彼を取り囲むように、子供の魔物は立ちはだかっている。

……敵だ。

とりあえず、判断できるのはそれだけだ。
わたしは今、この場がどういう状況なのか、この魔物らが具体的に何をしようとしているのかというのを、詳しくはまだ知らない。
ただ、このままではカイエンさんはきっと、彼らの餌食になってしまう。
それだけは判っていた。
──それだけで、充分だった。他に、何が必要だというのか。
わたしは自分が今、どんな行動を取るべきなのか理解し、把握し、実行した。


「我ら、夢のさん「ブリザガ!!」


彼らのセリフが途中で途切れたけれど気にせず、わたしは一番手前の魔物に魔法を叩き付けた。
向こうも呆気に取られたようだけど、続いての援護が無いので後ろを振り返ると、マッシュさんは吃驚したようにわたしを見ていた。彼も一瞬ポカンとしていたらしい。

「……やるな、! ナイス先制攻撃だ!!」
「ありがとうございますマッシュさん、もっと褒めて!」

我に返ってわたしに賛辞を送ってくれる彼に、わたしは親指を立てたグーを示して少し調子に乗った。
というかそれより援護してほしいところなのだが。

「き……さま! よくもレーヴを!!」
「しかも台詞の途中で! 普通は最後まで聞くものだっ!!」

氷漬けになった魔物の脇で、残った二人がわたしに向かって激昂している。
だってどう考えても先手必勝のチャンスじゃあないか、これを活用して何が悪い。
それにそっちこそ、カイエンさんに何かしたのではないのか。なら仕掛けたのはそっち、わたしはそれに対抗したに過ぎない。お互い様というものだ。
思っていると、マッシュさんより早く行動に出たのはシャドウさんだ。
気付けば彼の投げ放った手裏剣が残りの二人に深く突き刺さっていた。
この子供の魔物については、後の説明は要らないと思う。
カイエンさんが戦闘に不参加とはいえ、わたしの他にこの二人がいる。負けるべくも無い。
……と、此処までは順調だった。此処までは。


ゆらりと、空気が揺らめいた。
何も無いはずの空間から滲み出るように姿を現したのは妙な悪魔。アレクソウルと、それは名乗った。
それから後のことは正直、あまり思い出したくない。

っっ!?」

マッシュさんの叫びも、シャドウさんの開かれた目も何処か遠く。
わたしは為す術もなくそのモンスターに入り込まれた。……憑依されたのだ。
自分の内側から、何かテレパシーのように声が響く。 『 おまえが死を迎えた時に、私は、またこの姿を現すだろう 』 と。
大丈夫かと駆け寄ってきた二人に、わたしは今聞いた言葉を伝えた。

「……つまりが倒れなければ、アレクソウルはずっとの中に居続ける事になるのか!?」
「よく判んないですけど、そうかも…………う」
「大丈夫か」

シャドウさんがわたしの肩に手を添えてくれる。

「乗り移られたんだろ、平気なのか?」
「……何て言うか、自分の魂が自分の中に収まっていられるのが不思議なような、変にふわふわした感じです。……うっぷ」

わたしは率直に自分の状態の感想を述べた。どこか脱力するような倦怠感がある。
不法侵入者がいるせいか、上手く言えないけれど調子があまり良くない気がする。
とはいえ、絶不調というほどでもない。魔法なんかを使う分には問題なさそうだ。……よし。

「……マッシュさん、シャドウさん、こいつ倒しましょう」
「で、でもよ、の中に居るのをどうやって……」
「わたし、自分に 『 デス 』 掛けますから。そうしたら、出てきたところを倒して下さい」
「なっ」

マッシュさんが僅かにたじろぐ。

「そんな事……他に何か方法があるんじゃ」
「あるかもしれませんけど。早くどうにかしたいです、気持ち悪いし」
「しかし」
「大丈夫です、わたし今 『 リレイズ 』 掛かってますから
「い、いつの間に!」
「さっき乗り移られる直前に」

だって倒れるような攻撃かもしれないと思ったので、咄嗟に。
リレイズが無かったら自分にデスを掛けるのはたぶん躊躇ったと思うけれど、あらかじめ蘇生される魔法であるソレが掛かっているので多少気も大きくなる。

「なので、そういう感じで宜しくお願いします。では」

二人の返事も待たずに魔法の詠唱を始めようとした瞬間、何か曰く表現しがたい感覚が沸き起こった。
次の瞬間、アレクソウルが再び目の前に現れる。わたしの中から自発的に出て行ったらしい。

「この小娘が…………、小賢しい事を」

いや、まだやってないし。
それはともかく、他の誰にも憑いていない今この瞬間なら攻撃出来るのではないか。
わたしが詠唱を改めて始めるのと同時に、マッシュさんが拳を叩き込む。幽霊みたいな奴だけど、物理攻撃も効くようだ。次いでシャドウさんが巻物を広げようとする。
と。
アレクソウルのぼうと揺れるように光っている目が、次なる攻撃を仕掛けようとしている人物に向けられた。
何処か笑ったように見えた。
……シャドウさん!!

「……サンダガ!!!」

実体が消えかけ、それがシャドウさんの身体に吸い込まれかけたところでわたしは魔法を放った。
弾かれるようにシャドウさんがよろめく。彼とは別に、バチバチと何か火花のような緑色の閃光を飛び散らせているアレクソウルが直ぐ其処に存在している。ギリギリで、憑依されるのは免れたらしい。
直後、白く破裂しそうな程の光が魔物の身体に密集した。
爆発するのかと慌ててわたし達は伏せたけれど、しかし想像とは違って、見る見るうちに光は消え失せた。火種をなくした線香花火のようだった。
完全に光を失うと、ザアという音を立てて魔物はあっけなく崩れ落ちた。
はらはらと床に落ちた残骸が、黒く濁った液体のようなものに変わり、それも蒸発するようにぶくぶくと泡を立てる。最後の一泡がぷくっと膨れ、それが割れて消えると、後には何も残らなかった。

「……やったのか?」
「そのようだな」
「シャドウさん、大丈夫でしたか……?」

わたしは彼の傍に駆け寄った。

「さっき、乗り移られかかりましたよね」
「ああ…………」

こちらを向こうとした彼の身体が、ふらりとよろけそうになる。
マッシュさんとわたしとで慌てて支えようとするのを、シャドウさんは手で制した。「平気だ」と。
口ではそう言うけれど、実際はそうでないかもしれない。
何故なら、わたしもまた同じように少しフラつくような感じが拭えなかったからだ。
憑いていたモンスターは倒したというのに、何かまだ、何処か、おかしい。

マッシュさんも気付いたみたいで、「二人とも本当に大丈夫なのか?」と訊いてくる。
大丈夫でないかもしれない。しかし、特別に何処が痛いとかそういうのではない。
ただ、自分がふわふわとしていて何か不確かで、定まっていないとでも言うか。ただそれだけなのだ。
しかし、とにかく、倒した。
わたし達がそうこうしていると、ふと、傍のベッドから微かに声が聞こえた。
カイエンさんが、目を覚ましたのだ。








「……えーと」

わたしは呻くように呟いた。

「確かに憑依されてからというもの、なんか変な感じがずっと続いてましたけど……まさか」
「そのまさか、のようだな。も言っていただろう、 『 自分の魂が自分の中に収まっていられるのが不思議な感覚 』 だと」

こんな時でも彼は冷静に、いつもと同じような口調を損なわない。(わたしの声だけど)
シャドウさんが言うには、憑かれた事によりわたし達の身体と精神は一時的に不安定になったのかもしれないとの事だった。それが夜、眠っている間にうっかり自分の身体を離れてしまい、ほぼ同じ状態だった互いの器の中に収まってしまったのではないかという。
憶測に過ぎないが、と彼は付け加えた。
……確かに、そう考えるのがそれっぽいかなあ、と思う。
しかし此処で、ある重要な事が浮き彫りになる。シャドウさんも判らないであろう事柄について、わたしは恐る恐る訊ねてみる事にした。

「……シャドウさん。これ、元に戻ると思いますか」
「判らん」
「あ、そんなあっさり言わなくても……」
「……確かな事は言えんがまだ入れ替わったばかりだ、魂が身体に定着してしまう前なら可能性は無い事も無いだろう。しかしそれが何時なのか……明日には戻っているかもしれん、そうでないかもしれん、或いは」
「いえ、もう結構です……」

わたしは続きを遮った。可能性というのは幾らでも考えられるものだ。
今ここで答えを追求してもどうにもならなそうである。……それに、答えが出てしまうのも、それはそれで怖い。今はそれは、さて置くこととして。
取り敢えず、今、自分は何をするべきか。
わたしは数十秒ほど考えて、ひとまずやっておかなくてはいけない事に辿り着いた。
色々もっと話し合う事や思考するべき事はあるけれど、しかし今は、時間があまり残されていない。
立ち上がり、わたしはシャドウさんにお願いをする事にした。

「シャドウさん、すみませんが今は何も言わずにわたしに付いて来て頂けませんか」
「何処に行く気だ」
「台所です」
「……何?」
「台所です、今日はわたしが朝食の当番なんです。仕度が出来てないと皆が困ります。今のわたしはシャドウさんの姿なんですから、わたしだけで朝ご飯作ってたら、集まってくる皆がビックリします、きっと」
「…………」

わたしが顔に黒布を宛がうと、黙ってシャドウさんが額当てを付けてくれた。
外に出ても大丈夫な格好になったところで、わたし達は連れ立って部屋を出る覚悟を決める。
これから色々あるかもしれないけれど、難儀と波乱が出来るだけ少なく済めばいいなと思いながら。

ああ神様、どうか何も……というのはちょっと無理かなとは、思いますけど。
でもどうか、比較的、事が大きくならないうちに元に戻る事が出来ますように。
わたしは通路を抜けながら、そう祈らずにはいられなかった。






←BACK      ▲NOVEL TOP      NEXT→