● ボロミア

夢。
そこには、彼女がいた。
時折みる夢と同じだった。がいる。しかし、何も言わない、何もしない。ただ微かに笑んでいるだけだ。
ただじっとこちらを見ている。それだけの夢。
ああ――自分は、また夢をみている。


彼女を想う度、胸が苦しくて堪らなくなる。
喉が詰まり、視界が滲む。
物事を順序立てて考えられなくなり、堂々巡りが続いていく。
だからこそ、それまで以上に戦いに明け暮れた。
を思い出すことのない時間は、苦しみが遠のき和らいだ。

しかし、同時に思う。
黒髪の娘をずっと覚えていたい。……忘れたくない。
浮かんだ微笑み、こちらを呼ぶ声。彼女が話してくれた話に、何度か聴かせてくれた歌。
渡ったの世界での思い出、共に過ごした時間。抱き締めた身体、そこに息づく重みと温もり、その肌のやわらかさ。
覚えているすべてを呼び覚まし、彼女を自分の中に焼き付け直していく。
そっとその記憶を携えていきたい。そう思っていた。


以前にみた彼女の夢。
そこでのの姿は、何処かぼやけていた。
目が覚めて、愕然とする。
あれほど覚えていたいと思ったのその顔を慌てて思い出そうとするが、思い浮かぶ彼女の姿は靄が掛かって見えた。
記憶は、自分の中で既に薄れ始めている。

恐ろしくなった。
嫌だ。もうこれ以上、彼女を失いたくない。
思うけれども、記憶はどれだけ努めても少しずつ少しずつ砂のようにこぼれていく。
両手の中に留めようとしても、指の間をすり抜けていくのをどうしても止めることができない。
どうすればいいのかも分からず途方に暮れたまま、自分はここまで歩いて来てしまった。


だからこそ、今は僅かに安堵していた。
目の前にいるは、少しもぼやけてなどいない。
記憶の奥底にあるとおりの、変わらないの姿だった。
両手を後ろに回し、立ったままこちらを静かに見ている。それを私は見上げていた。
視線が低いことから、どうやら自分は寝台の上にゆったりと身を預けているらしいことが知れた。
だが、夢だ。
目が覚めれば、彼女はいない。それが分かって、胸が痛んだ。

「……これは夢だ……」

私はそう呟いた。
思ったままを口にした。ただそれだけのことだった。
しかし何故か、は一瞬きょとんとした顔になる。すぐにどういうわけか、笑いを堪えるような――

いや。
堪えきれずに、今、確かにふき出した。顔を見られまいと、あちらを向いてしまっていたが。
そしてやはり、どういう理由からかは判らぬが。

そんな様子を見守りながら、(今日の夢はいつもと違うのだな)と、ふと思う。
表情が変わり、その息遣いが聞こえる。
今までに見てきた夢。それは、いわば絵を見ているようなものだった。動くことのない、ただの肖像。
それとは、明らかに違っていた。まるで本当のが目の前にいるような……そんな錯覚にさえ陥りそうだった。
こちらに向き直ってどうにか息を整えると、彼女は軽く咳払いをする。
言った。

「 『 ならばいい夢です 』 ……いや、 『 それならいい夢ですわ 』 ……」

妙に取り澄ました声で。
ゆっくりと一文字ずつを辿るように、丁寧に。
けれど、確かにの声だ。ああ……そう、そうだ。こんな声だった。
久しぶりに耳にした、彼女の声。
夢でも、確かに今、目の前にがいる。

「……って、言えばいいんでしょうか?」

声色は、すぐに普段通りのものに変わった。
笑みを浮かべながら、はこちらを窺っている。
微笑み、というよりはニヤニヤしているといった方が近い。時々、こちらを揶揄うようにはそう笑うことがあった。
思い出しながら、自分が微笑み返していることに気付いた。
彼女の笑みはすぐにしまい込まれて、静かな表情になる。
互いに、互いを見ていた。

このように見つめ合ったあの日のことを、覚えている。
ロスロリアンの森でこうして二人だけの時間を過ごしたことを、覚えている。

がそっとこちらの方へとしゃがみ込む。目の前に、彼女がいた。
私たちは、口づけをした。
そうしながら彼女の頭の後ろに手をやり、そっと髪を撫でる。
……覚えている。この手触りも、触れ合う体温も、呼吸を止めてしまう彼女の癖も。
共に過ごした時間は、決して長くはない。思い出の引き出しは、決して多くはない。だが、私は覚えている。彼女を、という黒髪の娘を、その何もかも、すべてを。

埋もれていた記憶が今、色鮮やかになる。
失いたくないと思っていたものが今、手の届くところにあった。懐かしく、愛おしくて堪らない。どうしていいか判らないほどに。
やがては、唇を離すとそのまま首にしがみついてくる。

「ボロミアさん……会いたかったです」
「私もだ」

その背を抱きしめ返しながら言う。
どれだけ、そう願ってきただろう。
嘘偽りのない心からの言葉だというのに、口にしてみればひどく呆気なく短いものだと思った。
けれど、構わない。
が今、この腕の中にいる。それだけで胸が詰まりそうだった。
何も言えないままでいると、彼女の方が続けて言った。

「また、そちらに行きたいです。連れていってください」
「ああ……連れていきたい」

そうできたなら、と願う。
を、彼女をこちらに連れ帰りたい。……攫ってしまいたい。
そう心に思い描きながら、目を閉じる。



目を開けると、夜の闇があった。
一瞬、息が止まる。……辺りを見回し、すぐに、本当に夢だったのだと知る。
はっきりと彼女の顔を思い出せたのは、あの似顔絵を見たからだろう。
フロドが私にと持ってきてくれた、の似顔絵。
紙の傷みから確かに古いものだと窺えた。……あれは一体、何だったのか?

皆の話をつなぎ合わせて考える。
おそらくは、私の身代わりとなった後、過去の中つ国で目を覚ました。
そういうことなのだろう。どういったわけか、説明はつかないが。……それに、その後の彼女はどうなったのだろう。

が、あの死の後に目覚めていた。それは勿論、大きな安堵のひとつだった。
だが、その後は?
彼女の足取りはぷつりと途絶え、もはや手掛かりさえ見出せない。

ガンダルフの言葉も不可解だった。
大事な人に会いに行く。……自惚れるわけではないが、自分を指しているように思える。
それは、どういう意味だろうか。どうやって会いに来ると言うのだろうか。
……頭の中が、混乱する。
結局は、何も判らない。判らないのだ。彼女が無事に、国に帰ることができたのかどうかさえも。

深く、息を吐く。
夜の闇は深く、朝はひどく遠いものに思えた。
ただ、……らしいに、久しぶりに会えた。それが例え、夢ではあっても。
また、会えたなら。
そう思って眠りの淵に落ちる。



が。

「あー。もう、ボロミアさん!」

が、そこに立っている。
腕を組み、小さく頬を膨らませていた。
私はそれを、ただ呆然と見ていることしかできないでいる。

「そちらに連れてってくださいって、言ったじゃないですかー」

全くもう、などと言う口ぶりは明らかに先程と場面が繋がっているとしか思えない。
夢の続き、なのだろうか。
戸惑っていると、
「なーんて」、とは言った。
見せかけの不機嫌そうな顔は、すぐにいつもの表情に取って代わった。

「急に言ったんじゃあ、無理ですよね」
「…………」

すぐには、応じることができない。
何だ。これは。
頭が上手く回らない。しかし、目覚めたときにはいなかった。
そのことを思い返し、(やはり夢なのだ)と考える。
私の心が、らしく見せているだけなのだろう。そう思えば納得できた。

「……随分とよくできた夢だ」、
独り言のつもりだった。
そう呟くと、向こうは少し首を傾げる。
「ははあ」、とすぐさま夢のは反応を示した。
言った。

「ボロミアさん、もしかしてこれ、夢だと思ってます?」
「……そうなのだろう」
「まあ、間違ってはいないんですけれども」
「…………」
「それはそうとボロミアさん、そちらって今どの辺ですか? 王の帰還までいきました?」
「…………戴冠式を終えたところだ」
「あっ、ちゃんとそこまで終わったんですね。良かった!」

安堵した様子では胸を撫で下ろしている。
……会話は成立している。
言葉の具合も、抑揚の調子も、どれを取ってもいかにもらしい。
――まさか。いや、しかし。
思うが、その間にも彼女は問うてくる。

「みんなは、もう解散しちゃったんですか?」
「いや……皆、まだ都に逗留している」
「あっ、本当ですか? すごい、わたしってばタイミングばっちりじゃないですか」
「…………」
「じゃあ、これが夢だと思ってるボロミアさんに」

ふわりと、の手がこちらに触れた。
何処から取り出したのか、いつの間にか彼女の手元には紙袋があった。
それを私に押し付けながら、
「お土産です。独り占めしちゃダメですよ。良ければ、みんなと分けっこしてくださいね」
そう言って彼女は笑う。



再び目を覚ました時には、明け方だった。
それなりに眠ったらしい。
不思議な夢だったと思いながら半身を起こそうとして、がさりと何かが音を立てる。
音の方を見て、ぎょっとする。
見覚えのある紙袋があった。夢の中で、に手渡されたそれ。

しばらく、動けないままでいた。
夢だったのか、そうでなかったのか、すぐには判断がつかない。
しかしようやく思い立って、中にあるものを開けてみる。
どこかで、見たことがあるものだ。
……思い出した。ロスロリアンで彼女と分け合った、の世界の甘く香ばしい菓子。その包みが、確かにそこにあった。



!!」

呼べば、すぐに彼女は振り向いた。
その目は、何か面白いものでも見るかのようだった。
口元ははっきりと笑みを形作りながら、じっとこちらを見据えている。

再び、夜がやってきた。
本当ならばすぐにでも眠りにつき、彼女に会って確かめたかった。
しかし昂った気持ちと心では寝付くことなど到底できるわけもなく、仕方なく夜を待った。
そうして今、私は夢の中でを見つけている。
彼女は言った。

「ボロミアさん。……夢ですけど、夢じゃないって信じてもらえました?」
「…………」

会ったら、訊ねたいことや言いたいことが数多くあった。
しかし面と向かうと、何一つ言葉にならない。
信じたい。それなのに、本当に信じていいのか判らない。不安なのだ、すべてが自分の見せている幻なのではないかと。
だが確かに、私は彼女からの贈り物を受け取っている。
念押しする形の問い。それを、やっとどうにか声にして押し出した。

――本当に、だな? 生きて……いるのだな?」
「やだな、だからたぶん死んでも生きてますって、わたし血反吐吐きながらあれほど」

彼女の言葉が、途切れる。
抱きしめた身体、自らの腕に力を込める。
生きている。が生きている、そして……今、目の前に彼女がいる。
こんなことが、果たしてあるだろうか?
愛する者が、もう会うことは叶わないと思っていたが、今こうして存在している。

離したくない。
そう思った。離すものか。もう二度と、私はこの娘を失わない。
言葉にならない感情が、溢れ出して止まらない。とても自分の中には留めておけないほどに。

見上げてこようとするそのまぶたに、額に、頬に、唇に口づけの雨を落とす。
それ以外に、自分がどれだけ彼女を想っていたか伝える術を知らなかった。
もそれに応えてくれていたが、やがて「ふふふ」、と含むような笑い声がした。
ほんの僅かに身を退いて見れば、すぐ間近に黒髪の娘のくすぐったそうな顔があった。実際にそうだったようで、
「お髭が」、
まだ笑いを声に残しながら、は続けた。

「くすぐったくて」
「……嫌だったか」
「まさか」

早急すぎたかと思ったが、彼女は小さく首を振る。
そして何を思ったか、は頬をこちらのそれにやわらかく押し当ててくる。
口づけは何度か交わしていたが、頬と頬をこうして合わせるのは初めてだった。その感触にどきりとするうちにも、
「ボロミアさんとこうしてくっついていられるの、しあわせです」
娘はそう静かに囁く。
私たちはしばし、溶け合った。
ようやく、ほんの幾らか落ち着いた頃。

。……今までどうしていたのか、聞かせてほしい」
「ええっと。一言で言うんでしたら、 『 ホビットの冒険 』 の方に行ってました、になるんですけど」
「……もう少し、詳しく話を聞かせてくれないか」

私は一つずつ訊ねていくことにした。



「――そうか」

一通りを聞き終えて、肯いた。
ようやく、合点がいく。
私たちからすれば難解に思えたの足取りは、しかし、彼女本人にとってはそうでもなかったようだ。
の世界で見た、街中の書物店でのことを思い出す。
彼女が示した、私たちの物語。
それ以外にも何冊かがあり、物語は繋がっているのだと聞いていた。そのうちの一つに、はあの後辿り着いていたのか。

「ガンダルフさんは、伝言覚えててくれました?」
「ああ。……何故、こうして夢を通じて会いに来ると言わなかったのだ」
「だってそもそも、上手くいくかどうか判りませんでしたし。……それにボロミアさん。詳しくお話したところで数十年もの間、正確に覚えていてほしいだなんて。さすがにちょっと、無理が過ぎると思いません?」

ガンダルフさんは伝言板じゃないんですから。
そうは言う。
もしこうして、再び自分達が会うことが叶わなかった時のために。
最低限、自分が生を繋いでいることだけでも伝わってほしい。そう思ってのことだったのだと。
疑問のひとつは解消されたが、すべてが紐解かれたわけではない。

「しかし……どうして目覚めた時、はこちらに来れないでいるのだ?」

ふと、浮かび上がった問いを口にする。
彼女はこちらに連れていってほしいと言った。私もそうしたいと願った。
しかし、夢から醒めた時には、はいなかった。
それというのは、どういったわけなのだろう。
問われた娘は「うーん」、と唸りながら少し考え込む。
すぐに、
「勝手な想像ですけど。……今は、夢がまだ 『 ただいま調整中 』 なんじゃないですか」、と言う。

「わたし、さっきまで 『 ホビットの冒険 』 の方にいましたから」
「…………」

私は、口を噤む。
どういう道理か、深くは解せない。
ただ、は今まで、夢を通じて中つ国へと渡っていた。
夢というのは気まぐれだ。いつか彼女は、再びこちらへと渡ってこれるかもしれない。
だが同時に、その道がいつか閉ざされるということも、あるかもしれぬ。それを思うと、恐ろしい気持ちになる。
もう、を失いたくない。
思ったことを伝えれば、彼女は少し考えているようだった。

「確かに、ボロミアさんの言う通りかもしれませんね」

ゆっくりと、やわらかくは言う。
考えたくもない可能性を孕んでいるというのに、その口ぶりはひどく穏やかだ。

「いつか、そちらにまた行けるかもしれません。……あるいは、もうそちらには行けないで、夢の中だけでしか会えないのかもしれないし、これっきりでもう会えない、なんてパターンもあるかも、……なんですけど」

は一度言葉を切った。
続けた。

「でも、少なくとも一番最後のやつは、心配しなくていいと思うんです。わたしは」
「……どうして、そう思う」
「だってここは、わたしとボロミアさんの夢ですもん」
「…………」
「昨日も今日も、こうして続けて会えてますし。これっきりになって会えなくなる理由、今のところ見当たらないですよね」
「…………」
「それに、お土産はちゃんと持って帰れたんですよね? ……だったら、物はオッケーでわたしはダメ、なんてひどいじゃないですか。文句言ってやります!」

いつも通りの彼女の応酬。
は、夢が閉ざされる可能性を今のところ感じていないようだった。
そしてそれは、自分たちの夢だからだと言う。
……そうかもしれぬ。
私たちが自らの意志で閉ざさない限り、世界を渡る扉が消えてなくなることはない。――そうであることを、心から願う。

「ボロミアさん」
「……?」
「確かにこの先、どうなるかは判りませんけど。……わたし、またボロミアさんに会いたいって思ってます。だから……」

ふっと彼女は笑って言った。

「――待ち合わせ、しませんか?」
「待ち合わせ?」
「はい。わたし、夢の中でボロミアさんを待ってます。だから……ボロミアさんにも、夢の中で待っていてほしいんです。またそちらへ、渡れるようになる時まで」

ご迷惑でなければ、なんですけど。
そう言う彼女を抱き締める。
今すぐにでも、連れていきたい。だが昨日は、そうはならなかった。
もし再び目覚めた時にが傍にいなければ、夢の中へ迎えに来よう。何度でも迎えに来よう。
私はそう心に決めた。

「わかった。……
「はい?」
「また、必ず会えるな?」
「会えますよ」

夢が終わらない限り。
言って、彼女は微笑んだ。



夜の闇が、明け始めている。
目覚めは、静かなものだった。
辺りを見回しても、の姿はない。
だが、それに落胆を覚えることもない。
――あれほど鬱屈としていた気持ちが、自分の中から晴れているのが分かる。

ふと、ここしばらく窓を開けていなかったことに思い当たる。
窓辺へ向かい静かに開け放てば、やわらかく風が吹き抜けていく。夜に冷やされた温度が、逆に心地よかった。
紺碧の空にはまだ数えるほどの星が瞬いていたが、朝はすぐにやってくるだろう。
見慣れた景色がそこにあった。
薄暗闇の中に沈む城壁、白い旗が流れる風にはためいている。夜と朝の狭間の、ゆっくりと過ぎていく時間。その中にいながら思う。

を失った絶望は、苦しかった。
苦しみを誰かにぶつけそうになったり、あるいは実際にそうしてしまったこともある。
愛する者を失うということのなんと辛く、深い悲しみに満ちたことか。
彼女がいなければ、こうして自分が生き存えても何の意味もない――そう思ったことさえあった。
だが、生きるのをやめることもできなかった。生きざるを得なかった。

けれど、失ってはいなかった。
私はを失ってなどいなかった。

いつの間に、これほど彼女の存在は大きくなっていたのだろう。
本来ならば、出会うことのなかったはずの黒髪の娘。彼女が、が、私を大きく変えてくれた。人を愛することを教えてくれた。
物語の、外側の人間。それというのは、理解している。
しかしは、自分と何ら変わらなかった。……自分と同じ種族の、人間の娘だ。
そう思うことは思い上がりだろうか。

思いを巡らせていたその時、陽の光が差した。
夜が明ける。
黄金色の光が、ミナス・ティリスを照らし、満たしていく。
新たな朝、新たな季節、新たな時代の訪れを感じる。
そのどれもが、物語通りだったなら自分はもう目にすることのなかったものだ。


私は両手で顔を覆っていた。
今、自分の中に溢れてくるこの感情を一体、何と呼べばいいだろう。
光は、希望は、眩しかった、優しかった、そしてあたたかかった。
名も判らぬ感情が溢れだし、私を溺れさせようとしていた。目が眩むようで、すぐには顔から手を離すことができない。
そうする中で、のことを思う。

夢の向こうで、私を待っていてくれる娘がいる。
出会う前から、私を愛してくれていた娘がいる。
いつこちらへ渡れるようになるかは判らない、それでもいい、構わない。
何度でも迎えに行こう、彼女を、を、あの愛しい黒髪の娘を。
私はそう思った。


皆にも伝えなければならない、いや、伝えたい。
昨日はからの土産を手渡すことしかできず、一様に全員がぽかんとしていた。
説明を求められても明確に答えられず、仲間たちはすっきりしない一日を過ごしたはずだ。
少しだけ、あと少しだけ、彼女の話をしよう。
思って、そっと両手を離す。見上げた先の空に、もう夜の残滓は見当たらなかった。






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