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ボロミアさんが好きだった。
ずっとずっと好きだった。
物語の中の登場人物。
文字通りの意味だ。生きる世界が違う人だと、もちろん理解している。
けれどそれは、わたしにとって何の問題もない。好きになったのが、たまたま同じ世界の人ではなかった。それだけのことに過ぎなかった。
それでも、その人が好きなのだ。
人間らしい脆さもありながら、同時に人の強さも証明してくれた。優しくまっすぐで、最後まで戦い抜いたその人が。
いろんな想像をするのが好きだった。
映画のフィルムに映っていない場面、原作の行間、描かれていない部分。
旅の仲間がどんな会話を交わしていて、時間の隙間で何をして過ごしていたのか。
もしも歴史が変わっていたらとか、会うことのなかった誰かと誰かが合間見えていたらとか。……この人が死なずに、生きていたら、とか。
そんなふうに、思い巡らせるのは楽しかった。
何かを望んだわけではなかった。
中つ国へ渡りたいと祈るでもない。
大好きな人に会いたいと願ったわけでもなく、ましてや物語を変えてしまうなんて大それた真似、そんなことを仕出かそうだなんて、思ったわけでもない。
そのつもりだった。
……少なくとも、わたしはそう思っているつもりだった。
わたしは自分のことを思う。
気持ちは、いつの間にこんなに大きくなっていたのだろう。
決して交わるはずのなかった世界と世界。それらをうっかり繋げてしまうんだから、我ながら呆れを通り越して感心してしまう。
けれど、それ以外に手立てがなかったのだから仕方ない。
夢は、世界を繋いでくれた。
ロードオブザリング、そしてホビットの冒険。
寄り道もたくさんしたけれど、ここまで歩いてきてようやくはっきりと判った。
別の世界の人を、好きになっていい。その人を救うためなら、物語を変えたって構わない。
わたしは、躊躇う必要なんてこれっぽっちもなかったのだ。
どうしてそんな単純なことに、今まで気付かなかったんだろう。誰かを助けたいという気持ちを、こころの奥底に抑えつけなくていい。
だって、ボロミアさんは一人の人間だったのだから。
わたしは人から生まれた。――彼もまた、人から生まれた存在だ。ボロミアさんは、一人の人間なのだ。
人を救いたい、生きていてほしいという気持ちに、理屈なんていらなかった。
そしてわたしは、手を伸ばしても良かった。
ボロミアさんの命を繋ぎ、わたしも一緒に生きていきたい。
一度、自分が死ぬことを選択した。
犠牲がなければ、物語を変えられないと思っていた。けれど、両方に手を伸ばして良かったんだと今になって気付く。
ボロミアさんも、わたしも、共に生きたい。
ホビットの冒険が終わりを迎えた時、わたしは再び彼に会いたいと願った。
夢は繋がり、わたしはその人にまた会うことができた。
世界は分断されてはいなかった。それが嬉しくて、たまらない。
わたし達は、何度だってまた会えるのだ。自分達の意志でそうしない限り、その通り道が閉ざされることは決してない。
夢の向こうに、わたしが心から愛したい人がいる。
生きていてほしいと思った人が、夢の向こうで生きている。生きていてくれる。
わたしを迎えに来てくれる人が、わたしを待ってくれている人がいる。
夢の中で、ボロミアさんが立っている。
あちら側を向いていて、ゆっくりと辺りを見渡している。
ふと、彼がこちらを振り向く。
わたしを見つけて、笑って手を振ってくれる。
その人の方へ向かって、わたしはまっすぐ走っていけばいい。
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