触れた扉に、そう力を込めたつもりはない。
それなのに、ゆっくりと向こう側へ開いていく。まるで自らの意思であるかのように。
開かれた空間の奥、その先で彼女はテーブルについてこちらを見ていた。
組んだ手と手の間に顎を載せていたのを、こちらを捉えてすぐに解く。
背筋を伸ばして、彼女は微笑んだ。

「ファラミアさん、どうぞ」
「……

彼女は軽く腰を浮かせ、こちらに、と対面の椅子を指す。
おもむろに近付き、椅子の背を引くうちにもはテーブル上のポットから茶を注ぎ始める。
ああ、また、夢だ。
唐突に理解する。前にみた夢の続きなのだと。
それを見越したかのように、彼女は中身の注がれたカップを目の前に置きながら言う。

「前にお会いしてから、どれくらい経ちましたっけ」
「……十日も経たないように思うが」
「そうでしたっけ。ついこの前のような、逆にもう随分経ったような、変な感じですね」

ポットの残りを自分のカップに注ぎ終え、は小さく息を吹きかけ熱を冷まそうとする。

「前回は気が利かなくてすみません、お茶くらいお出しすれば良かったですよね。今回は、準備万端です!」
「夢の中まで、そう気を回さなくても構わないのだぞ?」
「夢だからこそ、好き勝手にさせて頂いてますよ」

どうぞ、と示しながら彼女もカップを傾ける。
ほのかに甘い香りが立ち昇る茶を口にしながら目の前の娘を見れば、以前と変わらぬである。
あの後、旅は順調に進んでいるのだろうか。
少し迷うが、訊ねてみることにする。

「旅は、無事に進んでいるか」

聞いた途端、は眉間に皺を寄せて表情を一変させた。

「それが、聞いてください! わたし達、無事は無事なんですけど、雪崩に埋まっちゃったんですよー!!」
「…………無事なのか」
「無事ですけど!! いや、自分で言っててなんですが、それはそれでスゴイですけど! もう、わたし二度と雪山には登らないって心に誓いましたからね!!」

一息にそこまでを言い、はあ、と溜息をひとつ。

「今は落ち着きましたけど、大変でしたよ、ホントに。そちらに戻るまで、後はもう何も起こらなければいいんですけど……」
「今は下山を?」
「流石に、山越えは無理でしたから。今度は地下を行くって……ドワーフさん達の坑道があるんですけど、これが入り口開けるところから難問で」

そう話してくれる彼女を見据えながら、ふと、これは本当に夢なのか、と唐突に思う。
の言葉は、まさに本人の言葉のように思える。これは、本当に自分の夢なのだろうか。
思うが、考えても詮無いことだ。私は目を細め、思ったままを言った。

「男の身でも辛い旅路を、よく頑張っている。……強いな、は」
「本当ですか? わー、やった! ファラミアさんに褒められた!」
「何とも立ち直りの早いことだな」
「わたし、褒められて伸びる方なんです!」

先程までのげんなりとした表情が一時に消え、その顔に覇気が戻る。
その様子に思わずこちらも相好を崩しつつ思う。……彼女と兄が戻るまでは、何としてもこの国を守らなくてはならない。
「ああ、そうだ」、と何かを思い出したかのように、は小脇の鞄から何かを取り出す。

「今日はお茶だけじゃなくて、お菓子も用意してるんですよ。準備してたのに、出すの忘れるところでした」
「……それは?」
「じゃーん」

彼女は両手で其れを取りかざして見せた。

「チョコレートです! いつかお話しませんでしたっけ、わたしの国にあるお菓子ですよ」
「……どうやって、それを」
「どうやって? もう、ファラミアさんってば」

小さく笑うと、彼女は言った。

「だってこれ、夢ですから」

夢なら、多少辻褄が合わなくたって、不思議じゃないでしょうに。
そう言うは、何でもないことのように笑った。





「隊長」、
と呼び掛けられすぐに目覚めた。見れば、マドリルが傍に立っている。
「南から来るサウロンの同盟軍に動きがあった」 という話を聞き、すぐに行くように伝える。
マドリルが去った後にあるのは、向こうで待機する者達の微かなざわめき、そして落ちる川の水の断続的な音ばかりだ。
ヘンネス・アンヌーンでのいつもの時間の中で、今しがた見たばかりの夢の記憶を手繰る。

いつも、わたしの方がご馳走して頂く側でしたから、いつかわたしの方から何かご馳走したいって思ってたんです。
甘いのと甘さ控えめ、どっちがいいですか? ……美味しいですか? よかったです!
……マドリルさんが呼んでる?
どうぞ、いってらっしゃいませ! じゃあ、また次の機会に!

記憶は、驚くほど鮮明だ。
自分の夢は、時折、ただの夢ではないものを映すように思える。
……この夢が、彼女と本当に繋がっていればいいのに。
ほんの一瞬思うが、頭を振り、すぐに部下たちの元へ急ぐ。
気のせいか、いや、気のせいなのだろう。微かに甘く、ほろ苦い何かが自分の中に満ちている。
まるで夢の中で口にした、遠い異国の不思議な菓子のようだと思った。






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