目を開けた先には、見慣れた天井があった。
少し明るい、早朝かなと、ぼんやり思う。思うけれども、すぐに時間を確認する気にもなれない。
ただ、ぼーっと目を開けたまま、ボロミアさんに言われたことを反芻していた。
ひどく、胸の内が空疎な感じがした。
すうすうしていて、寂しくて、少し、悲しい。
どのくらい経った頃か、横たえていた身体、それを首だけのろのろと動かしてみる。
何も変わっていなかった。
手狭な空間、片付けようと思いながらも積んだままになっている本、テーブルの上のティッシュやテレビのリモコンの配置。
目覚まし時計の秒針が、音もなくただ秒を刻んでいる。
ベッドに横たわったまま、腕を伸ばしてどうにかこうにかリモコンを取る。
テレビをつけると、いつも見ているチャンネルの朝の情報番組をやっていた。

……また、戻ってきてしまった。

思うけれど、思うだけだった。
何の感慨もない。だって、帰ってくることができるのを、わたしは何処かで解っていたのだから。
ニュースの中の日付を見ると、以前に戻ってきた日の次の日付になっていた。
そう時間が経っていないのは都合が良かったものの、そのことを深く考えられない程度には、わたしは放心していたかもしれない。
ただ、ボロミアさんの言葉ばかりが頭にあった。
わたしがゴンドールの人間ではないと言われた時、頬を張られたような感じがした。
結構そこそこ、それなりにショックだった。
だらんと、リモコンを放り出した腕をそのままに床を見つめる。
心は、向こうに置いてきてしまった。そのままでわたしは、言葉の意味を考える。

……わたしは、彼が決して排他的な意味合いでそう言ったのではないことを解っている。
ボロミアさんはわたしのことを考えた上でこれからのことを決断し、そして敢えて、そう口にしたのだろう。
彼の言うとおり、わたしは彼の国の人ではない。
それは当たり前のことだったし、わたし自身よく理解している。
だからこそ、ボロミアさんは今のゴンドールの現状を踏まえて、わたしをその範疇の外に置こうとしている。
あの人があの人なりに考えて出した結論自体には、わたしは何の異存もない。
……そのはずだった。

わたしは思っている以上に、自分があの国を好きになっていることに今になって気が付いた。
悲しいのは、単純にゴンドールの人間でないというのをはっきりと言葉にされたからだ。
あれだけの(と言っても、たかだか数ヶ月程度の時間でしかないけれど)時間をゴンドールで過ごしていて、いろんなことを見たり聞いたり学んだりしてきた。
それは確かに、僅かな時でしかなかった。
けれど、わたしは彼らがとても好きだった。そしてきっと、これからもそうであり続けるだろう。
わたし自身、白の都の人間になりたいなんて本気で思っているわけではない。
それだというのに、ボロミアさんの言葉を聞いたその時、今までそっと繋いでいてくれた手を急に乱暴に振りほどかれたみたいな、そんな気持ちになってしまったことをどうしても否めないのだ。
……わたしは、思った以上に我がままなのらしい。

わたしはふと目尻の辺りを触ってみた。
そこは乾いていて、泣いたのかどうか今はもう確かめることができない。それでも、思わずベッドのシーツに頭を擦りつけてしまう。
ボロミアさんに涙を見られただなんて、不覚にも程がある。
できることなら、互いの記憶から消し去ってしまいたかった。
どんなふうに思われてしまっただろう、弱虫みたいな印象を残すことがあったりしたら、嫌だなあ、と思う。
独りで勝手にそんなことをぐるぐると思い巡らせるも、わたしはしばしの後、ようやく身を起こした。

「…………」

無意識に息をつく。
見れば、さっきよりも陽は昇り、こちらでは今日という一日が始まろうとしている。
わたしは身支度をして外出の用意をすることにした。
戻ってきたら、買いに行かなくてはと思っていたものが幾つかある。それを調達しなくては。
裂け谷に留まるのなら、必要ないものも多くある。けれど、わたしはそうするつもりもなかった。
外に出ると、中つ国の秋とは違った季節が広がっている。
わたしの世界はまだ早い春、風も冷たささえ和らいだものの、まだ幾分冬の気配が残っている。
……向こうは、これからこそが冬の季節なのだ。
やって来るだろう時間のことをわたしは考えた。自分の世界にいて、それでもなお、心は中つ国にあった。





何処からか、声が聞こえる。
誰かの話し声みたいだった。聞き覚えのある声色は、ホビットのものだろうか。
わたしは床に足を下ろすと、耳を澄ました。
そう遠くない場所のように思える。ふと傍らの鞄の重みを確かめて独り肯き、そのまま肩に引っかける。
部屋を出ようとしたところで、
?」と声を掛けられた。
振り返った先にはわたしの主がいて、部屋の間切りの薄布を手で払いのける格好のまま、こちらを見ていた。

「はい? どうしたんですか、ボロミアさん」
「いや……、起きたのか」
「さっきから、ずっと起きてましたよ」

わたしは小さく笑って言った。
確かにほんの少しだけ横になって、うっかり昼寝をしてしまったようだったけれども。
しかし本当に少しの時間だ。腕時計を見る限り、ほんの小一時間程度。

「えっと……、まさか、実は寝すぎて丸一日が経ってる、とかではないですよね?」
「それはそうだが」

ボロミアさんも、少しだけ小さく笑ってくれた。
いつものその人がそこに居て、わたしは急に、何だか嬉しい気分になる。
……けれど、今はそんな気分にゆっくり浸ってもいられない。なるほど、時間は大きく経ってはいないようだ。
わたしは記憶を辿ってみる。
向こうで買い物をして帰ってきて、はてさてところで、どうすれば裂け谷に戻ることができるのだろうと思いあぐねた。
その末に、ベッドに横になって目を閉じたのがつい先程のように思える。
気付けばやはり戻って来ることができてはいたが、これというのは自由に行き来できないものだろうか。
この辺りについては、まだ回数を重ねていないので何とも言えなかった。
ただ、とにかく、戻ってこれた。向こうにも、こちらにも。
わたしは小さく自分に肯いて、そして再び聞こえた声の方向に顔を向けた。

「……ホビットの皆も、確か、ボロミアさんと一緒に行くんですよね」

言うと、「ああ」と言葉少なに主は答える。
わたしは改めて、皆と少しお話してきますねと告げて部屋を出た。
これからのことを為すのに、わたし独りでは難しい。協力者が必要だった。


メリー達の姿は、すぐに見つかった。
小さな背丈が三つ。
メリーとピピン、それに、もう一人は確かサムとか言ったか。あの会議の席で、わたし達よりも先にその身を隠していたホビット。
あ、と口を一番に開いてわたしを見たのはピピンだった。

「やあ、急にいなくなるから吃驚したよ」
「本当さ、声掛けたって振り向きもしなかったしな」
「うん、ごめんね。……ええっと、皆は」

ボロミアさんに聞いた話を振り返る。
ここにいる皆全員が、近く、この裂け谷を発って旅をするのだという。ホビット達の参加者は、四人。

「……ボロミアさんやガンダルフさん達と一緒に、旅に出るんだよね。フロドは……?」
「ああ、ビルボと話をしてるよ。フロドも勿論行く。だから僕たちも行くんだ」

胸を張ってピピンがそう答える。
危険な旅に、彼を独りで行かせられない。そう言うのを聞きながら、わたしは少し考えた。
ホビットが今ここに三人いる。
人数で言うなら妥当だろうか。多すぎても、少なすぎてもまずい気がする。
三人ならば、何かが起こった時には互いにフォローし合える人数と言えるだろう。
後は、彼らが信頼に足るか、そしてやり遂げてくれるかどうか――。
思い巡らせていると、視線のひとつと目がかち合った。
そう言えば、彼とはまだ一度も言葉を交わしていないように思える。向こうもどう接していいものかという感じでまごついていた。
こちらを何度か見上げていたその視線を、わたしが丁度拾い上げてしまったらしい。
わたしは警戒心を与えないように、できるだけやわらかく笑んでみせた。

「はじめまして。……えっと、昨日の食事の時も行き会ってるかもしれないですけど。です」
「サ、サムワイズ・ギャムジーです」

よろしく、と続けるその様子も少しおどおどしていたけれど、ただ単に人見知りのするそれのように思える。
わたしは寧ろ、彼に好感を持った。おっとり純朴系ホビットのようだ。
……彼らとは、まだ会って間もない。
わたしはまた少し、考え込んだ。彼らは果たして、わたしの作戦に付き合ってくれるだろうか?
思うけれども、正直なところ他に選択肢はなかった。
仕方のないことだったけれども、この裂け谷ではわたしの知人と言える人物は、悲しいことにボロミアさん以外誰もいないのだ。
こうして昨日今日と、彼らホビットをはじめとする何人かと知り合えたはいいけれど、まだ何度か言葉を交わしただけに過ぎない。
……彼らを巻き込んでしまうことを、申し訳ないなあと思う。
まあ、思っただけだったけれど。

「皆は、フロドのために一緒に行くの?」
「ああ、大事な友人だもの。それに親族でもある。言ってやったよ、『 止めたきゃ袋に詰めて送れよ 』 ってな」

毅然としながら、そして同時に、何処か茶目っ気たっぷりにメリーがそう言う。
……わたしは、誰のためにこの先の向こうに行こうとしているんだろう。
一瞬、そんなことを思う。
誰のためでもないのかもしれない。ボロミアさんのためなら、ここに留まるべきであろう。
もし何とか上手いこと、中つ国とわたしの世界とを行き来できるようになれれば、いつか迎えに来てくれた時にわたしの主にそのことを伝え、別れを告げてもいいのかもしれない。
でも、と思う。
例えばもし、わたしが向こうの世界に戻ったまま、中つ国に帰ってこれなくなったりしたら?
起こり得ないとも言い切れない。わたしはそれが怖かった。
もしそんなことになったら、ボロミアさんにも、ファラミアさんにも、誰にも何の御礼も言えないまま、離れ離れになってしまう。
それだけはどうしても嫌だった。
――やっぱり、行こう。わたしもゴンドールに帰ろう。
わたしは意を決して、鞄を開けて中のものを取り出した。何気なさを装いつつ、パッケージの封を切る。
会話を続けた。

「メリーとフロドは、親族なの?」
「ああ。ちなみにピピンともね」
「そうそう。僕から見ればメリーは父方の従兄弟ってわけ」
「そうなんだ。……あ、それはそうと、わたしお菓子持ってきてるんだけど、一緒に食べない?」
「それはいい、ありがたく頂くよ。どうもエルフは、一日に二、三度しか食事をとらないみたいだからね。ちょっと物足りないと思ってたんだよ」
「……皆は、一日に何回ご飯を食べるの?」
「六回か七回くらいかな、普通だろう?」

食べ過ぎだ。
流石のわたしも思うけれど、ホビットにとっては普通なのかもしれない。とにかく皆に個包装の包みを配ってやった。
(当たり前だけれど)初めて目にするお菓子に目を何度か瞬かせている。すぐに、ピピンから絶賛の声が上がった。

「何だいこれ! こんな味のお菓子は初めてだけど、とっても美味しいじゃないか!」
「そんなに美味しい?」
「マッシュルームの次の次くらいにはね」
「本当だ、何ていうお菓子だい?」

早々に袋を空にするメリーとピピンのために、わたしは二箱目のパッケージを開けてやらなければならなかった。
最初は恐る恐るといった感じだったサムも、まじまじとチョコのコーティングを観察しつつ味わっている。
結局、アーモンドの粒々入り某有名チョコプレッツェルがあっという間に食べ尽くされてしまうことになった。
普通のよりも高いやつなので、(サムはともかく)メリーとピピンはちゃんと味わって食べてほしいのだが。
二箱目の中身を配り終わったタイミングで「ところで」とわたしは切り出した。
お願いしたいことがあるのだと伝えると、皆はなんだいと答えてくれる。半分以上、関心は口の中の方みたいだったけれど。

「――そいつはちょっと」

内容を伝えると、想像した通りメリーが難色を示してみせた。
面白そうだけど、とも言い出しそうな表情。
けれど、流石に簡単に首を縦には振れないようだ。
他の二人も曖昧に困ったような顔をして見せている。その間も口の中をもぐもぐさせているのは変わらなかったが。

「協力したいのはヤマヤマだけれど」
「……難しい?」
「悪戯好きの僕としては、ある程度のところまではバレないようにする自信はあるけれどね」
「でも、バレたら流石にまずいよ。ガンダルフに怒られちまう」
「今度こそ魔法で蛙に変えられてしまうかもしれません……」
「えっ、何それ、そうされそうになった前科でもあるの?」
「何とかお願いして、そうはならずに済みましたけど……、あんな怖い目に遭うのはもう御免ですよ」

サムが震えながらそんなことを言う。
彼の魔法使いはどうやら、トードの魔法も使えるらしい。
……もし、このことがバレたら、わたしも蛙にされちゃったりするんだろうか。
うーん、と唸ってしまうけれど、他に方法もない。
ボロミアさんの意向がああである限り、正攻法でお願いしても旅路への参加は難しいだろう。
イチかバチか、これしかないのだ。

「そうだよなあ、流石にちょっとな」
「そうだよね。無理言って、ごめんね」
「いや、こっちこそ――」
「でも」

メリーが何か言い掛けるのを、敢えて遮るように短く一言、言った。
その場にいる皆に向けて、わたしはそっと微笑んだ。
続けた。

「――皆、わたしのお菓子、食べちゃったよね?」

スローモーションで三人がまるで同じ動きで、こちらを振り向く。
ちょっとポカンとした表情のピピン、その口の中に入り込んでいた三本ものアーモンド入りチョコプレッツェルの、同時にぽきんと折れる音が、妙に辺りに響いた。





夜は、いつの間にかやってきている。
昨日と同じように薄く衣のかかったような夜空。
部屋の灯りの傍ではボロミアさんが武具の手入れをしている。


「はい」

間髪入れずに返事をしても、そこから後がなかなか続いてくれない。
わたしが主を見ると、向こうは手にしていた砥石や剣を片付け始めていて、こちらに向き合おうとしているのがわかった。
何か話をしようと思っているのだろう、黙ってじっと彼の挙動を見守っていると、ふとその手の指先にあったはずの絆創膏がなくなっていることに気が付く。

「ボロミアさん、絆創膏剥がれちゃったんですか?」
「うん? ……ああ、これか」

手を洗った時にな、とすまなそうに言うので、わたしは鞄の中から新しいものを取り出して見せた。
けれど彼は小さく頭を振った。言った。

「もう残り少ないだろう。自分の分に取っておくといい」
「もう裏紙、剥がしちゃいました」
「…………」

言ってそれを押し付けようとしたけれど、ボロミアさんはなかなかその手を出そうとしない。
焦れて距離を詰めるけれど、その人はやはり動かない。失礼ながら手を取っても、されるがままだった。
却ってその方がいいと思いながら、指先の傷に絆創膏を巻き付け終えて離れようとしたところで、それができないことに気付いた。
手を掴まれていて、離れるに離れられない。

「えっと……、ボロミアさん?」

何だか以前にも、こういうことがあったような気がする。
思い出すのも少々憚られるのだけれど、ローハンでもこんなことが、ああ、でも、あの時はわたしの主は酔いが回っていたはずだ。
今は素面だろうに何だって、また?
わたしが恐る恐るその人を見ると、しかしボロミアさんは至極真面目くさった顔をしていた。
思わずわたしが背を正してしまうくらいには。
「すまない」、と声が音を辿った。

「ミナス・ティリスに居た時とは違って、今回はおまえの元に戻ってくるのは時間が掛かるかもしれない」
「……わたしのことは、その、気にしないでください」
「だが、約束しよう。必ずここへ、を迎えに」
「わーっ、わーっ! ボロミアさん、止めてください!!」

わたしは少々取り乱した。思わず繋がれていた手をもぎ離してしまうくらいには取り乱した。
彼は何事かと不思議そうな顔をしているが、続きを口にしてもらうわけにはいかない。
思わず、続けて言ってしまった。

「ご自分でフラグ立てるようなこと言わないでください!」
「何だ、それは」
「何でも、駄目です!」

ぶんぶんと頭を振ってみせながら、
「そういうことを口にしてしまうと、実際には叶わなくなるのだ」と言われていると伝えて納得してもらう。
ふう、と一息ついていると、今度はさっきと打って変わって、ボロミアさんが小さく笑っている。
今のわたしの様子が可笑しかったのだという。
……誰のせいですか、とこころの内で返してやる。
明日の朝には、ボロミアさんはこの谷を発つのだ。そしてわたしは。

「……ボロミアさん、明日のことなんですけど」
「うん?」
「お見送りには、わたしは行けません」

言うと、彼は黙ってこちらを見返してくる。わたしもその目を見つめ返した。
少しだけ口の端っこを持ち上げた。

「その、きっと……、お見送りするのは、辛いので」
「そうか。……そうだな」
「……ごめんなさい」

嘘ではない。わたしはそう思った。だから今のうちに、それをボロミアさんに告げておく必要があった。
ひとつひとつのやるべきことを、地道に為していく。
後は、明日するべきことをすればいい。

「――ならば、今ここで別れを告げておかなくてはな」
「そうです」

ね、と表面上続けようとしたのに、それはできなかった。
わたしの両耳の辺りを主のその両手が押さえるように触れ、そのまま額に熱い熱が下りた。
口付けられたとわかった瞬間、ぎゃっと喚きそうになるのを寸でのところでどうにか堪える。
堪えはしたものの、思わず飛び上がり掛けてしまうところまでは、どうにも自制することができそうにない。
見れば、ボロミアさんの方は何ということはない、落ち着いた様子でこちらを見てくるだけなのだ。
その顔は何処か面白そうな、微かに悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
その余裕綽々ぶりが気に入らない。わたしは憤慨した。
なんでこんなふうにさりげなくこの人は、こんなことをやってのけるのだろう!
前にもそういえばこんなことがあった、確か暗い森の中で、ああでもあの時は悠長なことを言っていられない状況だったしかし今は、決してそんな事態ではないはずなのだ。
つまり前もって言ってくれればいいものを――ああ、もう!

「ボ、ボロミアさん、そのっ、するならするって一言、言って頂ければっ」
「言えば、静かに別れの挨拶をさせてくれるか?」
「…………た、たぶん、ですけどっ」
「では、次があればそうしよう。……それと、
「は、はい?」
「おまえからは、挨拶をしてもらえぬのか?」

絶句した。わたしからしろというのか。
いやそれは流れとしてはそうなのかもしれないけれど、しかしわたしはボロミアさんと決別するつもりは毛頭なかった。
しかしそれを口にするわけにもいかない。
絶句を続けていると、そんな自分の様子をまた面白げに見ている碧の目の色と視線がかち合ってしまう。

「ファラミアにはしただろう」
「そ、それはそうですけどっ」

ぐっと詰まったわたしはおろおろと目をそこいらじゅうに彷徨わせた挙句、わあっとらしくもない声で叫んで、その場を飛び出した。
こんな旅立ち前の前夜でいいのだろうか、明日はちゃんとことが回るだろうか、ホビットの皆は上手くやってくれるだろうか。
……わたしはもうしばらく、中つ国にいることができるだろうか。
色々なことが回る中で、わたしは部屋から少し離れた場所、ゆるやかな夜風の渡る通路の一角で腰を下ろした。
壁を背にしゃがみ込んで、顔を覆う。
――お願いだから、せめてゴンドールに戻るまで、この世界にいさせてほしい。
祈るように、わたしは熱が残る額に触れた。






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